「通常」も規格外
城下町・白河市の細い道を進み、市街地の裏通りに店を構える小さな食堂。「あすなろ食堂は、とにかくボリューミーでおいしい」。訪れた人が目尻を下げながらそう口をそろえる。家庭的な味わいが常連客らの胃袋をつかんできた。
定食の盛りの良さは、食堂の目の前に立つ白河旭高の生徒たちや地元サラリーマンの「おなかを満たしてあげたい」という思いから始まった。店主の阿字(あじ)トキさん(72)は「大盛りにして文句を言う人はいないでしょう」と笑う。
オムライスは通常サイズでも大盛りと見間違うほどの量で、つい目を奪われる。卵の中に包まれたケチャップライスは、大きめの角切りチャーシューがたくさん入っており、バター風味の香ばしい味付けが舌をうならせる。
甘いつゆがよく染みた厚切りの煮込みカツ丼に、白河ラーメンが付いた「あすなろセット」もボリューム満点だ。麺にこだわり「縮れ麺は、しょうゆベースのスープに合わせて作った特注品なの」と阿字さんは話す。
食堂は1970年ごろに創業した。亡き夫の貞男さんと結婚を機に店を構えた。阿字さんは料理とは全く関係ない仕事に就いていたが「2人でお店を開くなんてすてきだな」と開店に前向きだった。貞男さんは都内の洋食店で修業をしていた。創業当時はハンバーグやスパゲティなども作っており、現在よりもメニューが多かったという。
貞男さんは調理、阿字さんが接客と、役割を分けていたはずだった。食堂以外に出前も行っていた。貞男さんが配達で外出する時間は、阿字さんが店番をしていた。
昼の繁忙時は客が続々と訪れた。「嫁に行くまで包丁を握ったことすらなかった」という阿字さんだったが、調理場に立つことになった。仕事の空いた時間に貞男さんから技術を教わり、いつの間にか阿字さんも料理人になった。
約15年前に貞男さんは亡くなった。常連客から「また店開いてね」という声に励まされ、食堂を続けた。現在は阿字さんとアルバイトの計6人で切り盛りする。アルバイトは近所に住む女性で、顔見知りの常連客だった。調理を担う阿字さんを接客や料理の盛りつけなどでフォローする。阿字さんは「みんなしっかり者で、私を支えてくれる」と目を細める。
動画でも話題に
食堂は地元の人気店として多くのテレビ番組に取り上げられた。店内の壁には有名人らのサインや写真が数多く飾られている。最近では動画サイト「ユーチューブ」でも紹介され、とある動画の再生回数が100万回を超えた。料理が完成されるまでの流れや、温かくて人情味のあふれる食堂の雰囲気が人気を集めた。阿字さんは「日常を見せているだけなのにね」と謙遜する。動画に映る逸品を求めて、遠方から視聴者が訪れているという。
半世紀以上続く食堂は多くの人をとりこにしてきた。これからも大盛りの定食で客のおなかと心を満たす。「年齢も年齢だからいつまで続くか分からないけれど、体が動くまでは頑張るよ」。阿字さんはいつでもお客さんを優しい笑顔で迎え入れる。(小山璃子)
半世紀にわたり食堂に立ち続ける阿字さん(中央)は従業員や常連客らに支えられている(石井裕貴撮影)
【住所】白河市寺小路24の24
【電話】0248・22・0548
【営業時間】午前11時~午後3時(土、日曜日、祝日は午前11時~午後7時)
【定休日】水曜日
【主なメニュー】
▽あすなろセット=1280円
▽オムライス=1180円
▽チャーシューメン=1030円
▽から~いラーメン=1100円
▽学生セット=900円
▽もろこしラーメン=830円
▽ラーメン=700円
▽必勝勝丼=1180円
▽カツカレー=1180円
▽焼肉定食=1580円
ボリューム満点の「あすなろセット」(手前)とオムライス
名物特盛りカツ丼
大盛りを超えた特盛りの「ジャンボカツ丼」があすなろ食堂の名物だ。直径35センチの丼にご飯5合と4、5枚のとんかつが盛られている。阿字さんによると、通常の6人分の量で、大食い自慢も残してしまうという。「20年前に細身の若い女性が完食したときは驚いた」と話す。特大サイズは調理するのも、テーブルに運ぶのも一苦労。阿字さんは「注文は平日で食堂がすいている時間だとありがたいな」とお願いする。
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NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画
まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。