テーラーを経て

　いわき市の市街地から離れた中山間地域の田人町にたたずむ「お食事処（どころ）ながせ」は、昼時になると地元の常連客はもとより、県内外から訪れる客が時には行列を作るほどの人気店だ。看板メニューはいわきでは比較的珍しいソースかつ丼。店を切り盛りするのは、３代目店主の永瀬孝弘さん（４７）と母世紀子さん（７０）。おしゃべり好きで気さくな世紀子さんと、柔和な孝弘さんの温かな雰囲気が客の胃袋をつかんで離さない。

　店が誕生したのは今からおよそ７０年前。孝弘さんの祖父武さん夫妻が現在の店舗から東に５００メートルほど離れた小学校付近で服の仕立てをするテーラーを営んでいたが、服の既製品が出回るようになってきた時代背景も影響し、店の経営が厳しい状態に。小学校の教諭らとの会話でよく耳にしていた「この辺りには飲食店がなくて不便」という声に武さん夫妻が応える形で、テーラーを畳み、雑貨店を経て食堂として新たなスタートを切った。孝弘さんの叔父で、武さんの次男誠二さんがいわき市平地区の飲食店で働いていたことも追い風になった。

　創業当初の店名は「ながせ食堂」。世紀子さんは「すぐ覚えてもらえるように、安易に名字を店名にしただけなんじゃないかな」と笑うが、店は常連客で連日にぎわった。当時の田人地区は林業や炭鉱業が盛んで働き手も多かったことから、連日のように宴会も入り、店には昼夜問わず客が出入りしていた。店はその後およそ３０年の間、地域の人たちの憩いの場となった。

　しかし武さん夫妻も高齢になると、体調を崩すなど店に立つことがままならなくなった。そして２代目として店を継ぐ予定だった誠二さんが若くして他界すると、必然的にサラリーマンをしていた誠二さんの兄で、孝弘さんの父通孝さんが店を継ぐことに。通孝さんは結婚式場で働いていた経験などを生かし、店の存続に尽力した。１９８４年ごろには現在の場所に店舗を移転新築した。通孝さんは５年前に６９歳で亡くなるまで店に立ち続け、その後孝弘さんにバトンが受け継がれた。

　異彩「Ｗかつ丼」

　ソースかつ丼は食べ歩きが趣味だった通孝さんがメニューに取り入れたという。今では秘伝のソースで仕上げるソースかつ丼のとりこになっている常連客も多い。そして数あるメニューの中で異彩を放つのが「Ｗかつ丼」だ。孝弘さんと世紀子さんが以前、ソースと煮込みで迷う客を見て「どうせなら両方食べて味比べしてみてよ」というちょっとした遊び心からラインアップに加わった。また、麺類にもこだわりを持ち、通孝さんが試行錯誤の末に開発したたれと、ホウレンソウを練り込んだ特徴ある麺で提供する冷やし中華も自慢の逸品だ。

　２人は常に客への感謝を口にする。「こんな山の中にわざわざ食べにきてくれるんだから」と、自然と料理の盛りも増えてきた。これからも明るい人柄や確かな味で、精いっぱいのおもてなしを心がける。遊び心を持ち、既成概念にとらわれることなくメニューを考案し続ける。（吉村響）

いわき市田人町で地域に親しまれた味を伝える「お食事処ながせ」

【住所】いわき市田人町黒田字掛橋１７

【電話】０２４６・６９・２１４６

【営業時間】午前１１時～午後７時（日曜日、祝日は同３時）

【定休日】第２、４水曜日
※このほか不定休もあるため、来店前の確認をお勧めしている。

【主なメニュー】
▽ソースかつ丼＝１２００円
▽かつ丼＝１２００円
▽Ｗかつ丼＝１３００円
▽焼肉定食＝１３００円
▽支那そば＝７００円
▽チャーシューめん＝８００円
▽カレーうどん（ライス付き）＝８００円
▽らーめん・ヒレソースかつ丼セット＝１２５０円
▽らーめん・焼肉丼セット＝１２５０円
▽冷やし中華（夏期限定）＝１１００円
▽鍋焼きうどん（冬期限定）＝１２００円

人気メニューの（手前から）らーめん・焼肉丼セットとＷかつ丼

　ご飯が付く心遣い

　ながせではカレーうどんを注文すると必ず茶わん１杯分のご飯が付く。カレーのルーが残ってしまいがちなメニューを「ご飯を入れてカレーライスとして食べてもらって、料理を最後まで楽しんでほしい」との思いで取り入れた。

　昔ながらの幅の広い麺を用いていることも手伝い、老若男女問わずリピーターも多いという。客側の気持ちに寄り添う世紀子さん、孝弘さん親子の心遣いを象徴するようなメニューだ。

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　ＮＨＫラジオ第１「ふくどん！」で毎週木曜に連携企画

　まち食堂物語は福島民友新聞社とＮＨＫ福島放送局の連携企画です。ＮＨＫラジオ第１で毎週木曜日に放送される『ふくどん！』（休止の場合あり）のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。