【福島県知事選・識者に聞く】慶応大経済学部教授・井手英策氏

 
「行政が全ての課題を背負い込むことはできず、総力戦の時代になる」と語る井手さん

 ◆地方創生は総力戦 方向性示し、決断する人理想

 任期満了に伴う第21回知事選は28日の投開票に向け終盤戦に入り、いずれも無所属の現職と新人の計4氏が現県政の評価や復興施策の針路などを争点に選挙戦を展開している。しかし、人口減少や地方創生、「18歳選挙権」の導入による若者の政治参加など、本県の将来に直結する課題やキーワードへの政策論争は乏しい。知事選で問われるべき課題や解決のための県政の役割などを識者に聞いた。

 ―今回の知事選は地方創生が争点の一つだが、県民にはその言葉のみが先行し、具体的な取り組みが見えにくい部分もある。

 「地方創生は本当に難しく、国民にとって何を意味するのかよく分からない。地域振興や観光、企業誘致などが政治の現場では語られるが、企業誘致が実現し、外国人観光客が増えたとしても、全体のパイが急速に縮小する中で本当に意味があるのか」

 ―復興が道半ばにある本県に適した地方創生の考え方、取り組みとは。

 「真に地方を創生させるのであれば、市町村という基礎自治体の自立性を高めなければならない。(人口減、少子高齢化が加速する中で)市町村は何をやるのか。よそ者や若者ら地域づくりを助けてくれる人たちを受け入れるならば、自分たちの価値観や哲学、伝統すら変えても構わないというほどの決断が迫られるかもしれない。行政が全ての課題を背負い込むことはできず総力戦の時代になる。地域をつなぐ横串、人と人、人と企業をつなぐプラットフォーム作りの役割を行政やソーシャルワーカーが担う。そこにNPOや生協、JA、PTA、民間企業などが加わり、地域に多様性が生まれる。福島県の場合、県の広さに加え、震災や原発事故の経験が重なり多様性に富む市町村が数多く出てくるように思える」

 ―震災、原発事故からの復興という未知の県政のかじ取りの中でリーダーシップが問われる。知事のリーダー像とは。

 「パフォーマンス型や、何でもできると思い、自分で全てを背負い込む秀才型は失敗する。仕事を適材適所で割り振っていけるかどうかだ。ただ、実現できることばかりを数値目標で掲げても意味はない。大きな方向性を示しながら仕事を割り振り、決断すべき時に決断する人が理想だ。行政もきちんと手続きを踏み、職員を巻き込み、みんなが変化を実感できるようなやり方をしないといけない。自分が参加していないものには誰も責任を取ろうと思わない。手続きの正当性をうまく演出できる資質が問われる」

 ◆県民の支え合いサポート

 ―知事選では人口減少対策も争点だが、県民は人口減少にどう向き合えばよいのか。

 「人口減というが、21世紀の終わりには、中国やインド、アフリカを含めても世界の人口は伸び率がほぼゼロになる。日本のみの人口減少、少子高齢化の話ではなく、人類の歴史でも深刻な時代がくる。日本では縄文末期、平安末期から南北朝時代、江戸時代中後期は人口減少期だった。過去の日本の経験を見ると、皆が困る時代がくると、皆が家族のように助け合うようになる。団結や連帯などの理念や正義のためではなく、生きるため、暮らすために人々が家族のように助け合わないと生きていけない時代がくる。これが『危機の時代』の特徴。人口減、少子高齢化、経済停滞という三重苦の時代が到来するが、人類の知恵に学ぶならば必ず家族のように助け合い、支え合う関係が出てくる」

 ―「危機の時代」の中で県づくりに求められる考えは。

 「県などの自治体は、住民の支え合いや家族のような関係をどのようにサポートしていくのかが問われる時代になる。県は税金を集めてサービスを提供する『サービス・プロバイダー』を担ってきたが、今後はこれだけでは不十分だ。地域のさまざまな社会資源を発掘し、その資源をうまくつなぎ合わせ、これまでは家族や地域社会が果たしてきた部分を支えていくことになる。県民同士の横のつながりをつくる『プラットフォーム・ビルダー』に変貌(へんぼう)する必要がある」

 ◆財政の無駄遣い見極め 質高い行政サービス転化

 ―本県の財政規模は除染など復興事業がピークを過ぎ、減少傾向にある。これまで以上に財源確保や効率化の視点が求められるが、県財政への考えは。

 「財政は本来、予算が大きくなれば、税負担も大きくなる。そうすると税負担に絶えかね、これは無駄遣いじゃないかと皆が言う。これが財政民主主義だ。だが(震災、原発事故で被災した)福島県の場合はそうではない。財政は上限が緩むと、無駄遣いがはびこる。与えられたお金を質の高い行政サービスに転化していくのにエネルギーが割けなくなるし、質をコントロールできないまま事業が消化されるようになる。質を高めるためには人が必要だ。例えば復興事業の無駄遣いを見極められるプロの職員を増やす必要がある。多くの国民は『無駄遣いを増やすな』と言うが、公務員へのバッシングはもう限界にきている。サービスの質を向上させることを条件に、行政職員を増やすくらいの思い切りが必要だ」

 いで・えいさく 福岡県久留米市出身。東大大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学し、日本銀行金融研究所に勤務。横浜国立大、慶大の准教授などを経て、2014(平成26)年から現職。専門は財政社会学。近著に「富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国の謎を解く」(集英社新書)。46歳。