内堀知事ショック...「労苦を共にした戦友」 馬場浪江町長死去

 

 内堀雅雄知事は27日、県庁で報道陣の取材に応じ「本当にショック。震災と原発事故以降、労苦を共にしてきた戦友。これまでの労苦に心から敬意と感謝の意を表する」と語った。

 内堀知事は馬場氏が浪江町議会に辞表を提出した13日に電話で会話したと説明し、内堀知事はその際「これまで本当に頑張ってくれてありがとう。これまで苦労が多かったね。体第一なので、まずしっかりと体を良くし、また元気になってください」と伝えたという。

 馬場氏からは「これからの浪江町の復興再生、知事よろしくお願いします」との言葉があったという。内堀知事は「これが最後の会話になってしまったことを本当に残念に思う。『浪江町を復興再生する』という思いを正面から受け止め、一歩一歩形になるよう努力を続けていきたい」と語った。

 7町村長「双葉地方を必ず復興」

 双葉郡の7町村長は27日午前、政府などへの要望活動のため上京するさなか、馬場氏の訃報に接し、突然の別れに言葉を詰まらせた。

 午後1時ごろの東京・霞が関。復興庁が入る合同庁舎のロビーに集合した7町村長は、同志を失った悲しみを口にした。「復興に向かって一緒に歩んできた同志。無念のひとことに尽きる」。双葉地方町村会長の松本幸英楢葉町長は、馬場氏が前町村会長として双葉郡全体の復興を先導した姿を思い返し「心からお悔やみ申し上げたい」と言葉をつないだ。

 「戦友を亡くしたような思いだ」。馬場氏と共に震災当時からかじ取り役を担ってきた遠藤雄幸川内村長は心境を語った。国や東京電力と時に厳しく向き合った姿勢に触れ「全速力で突っ走ってきたので少し休んでほしいと思っていた。『全ては町民のために』という信念が一貫していた」と振り返った。

 渡辺利綱大熊町長も「震災直後から一緒だったが、大変な苦労を重ねてきたと思う。早く元気に復活してほしいと願っていた」と唇をかんだ。

 伊沢史朗双葉町長は昨年4~5月、十万山で起きた火災で10日間以上、馬場氏と現地対策本部に詰めたことを思い出す。「災害対応にリーダーシップを発揮する姿を目の当たりにして大きな模範となった」

 宮本皓一富岡町長は「残念で言葉にならない。『双葉はひとつ』という思いで町村会長の重責を担い、双葉郡全体をどうするかを考えた人だった」と悼んだ。

 篠木弘葛尾村長は浪江町の宮口勝美副町長と一緒に東京へ向かう東北新幹線の車中で、30年来の交流があった馬場氏の訃報を知った。「公私ともに大変お世話になった。痛恨の極み」と言葉を絞り出した。

 遠藤智広野町長は「命懸けで復興に取り組んできたことに深甚なる敬意を表し、冥福を祈りたい」と話し、言葉に力を込めた。「8町村が力を合わせ、双葉郡の復興を成し遂げることが馬場町長の思いに通じる道だ」