いわき市が"パートナー" 双葉郡の8町村、連携強化模索

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いわき市が

 【南部の3町長】原発事故による避難を経験した双葉郡8町村の多くは、いわき市に役場の出先機能を置きながら、仮設住宅をはじめ同市内に避難した2万人以上の住民に行政サービスを提供している。旧緊急時避難準備区域に役場機能を戻した広野町と川内村を除けば、帰還の見通しが具体化した自治体はなく、住民の帰還意欲に陰りが見える中で、いわき市民や市役所との良好な関係づくりは避けて通れない課題だ。

 双葉郡の南端でいわき市と隣接する広野町は、もともと同市と経済、医療、文化などの面で、つながりが深かった。遠藤智町長は「震災前から、いわき市の生活圏域。仮設住宅などでは大変お世話になっている」とした上で、医療体制をはじめ全般的に一層、連携を深めたい考えを示す。また、同町は現在、原発事故収束や郡内の除染の前線拠点となっており、遠藤町長は「双葉郡復興の核としての役割を担うべく、郡内に戻りたいという人がいれば土地提供や宅地分譲などを通して全面的に支援したい」と青写真を描く。

 4月以降の帰還時期判断や、JR常磐線の竜田駅までの再開通などが見込まれる楢葉町も、同市との連携強化では事情は同じだ。松本幸英町長は「帰還後、世代によっては町と、避難先として最多のいわき市の二地域居住のような状況が続くことも予想される。できうるならば、双葉郡が一体となって、いわき市と連携を図っていければ」と話す。

 役場機能を郡山市に置く富岡町も、いわき市との関係は深い。宮本皓一町長は「将来的には、町に近く、避難する町民も多い、いわき市に役場機能を移したい」と考えているが、現実には職員の住宅確保などの課題が横たわる。

 【北部の4町村長】いわき市に近く歴史的にも交流を深めてきた双葉郡南部と違い、相馬生活圏の影響が強い北部は、帰還が難しい状況などを踏まえながら関係づくりを冷静に見つめている。

 大熊町は、第1次復興計画ではいわき市に拠点を移す考えを盛り込んだが、現在は会津若松市、いわき市などの役場機能(若松といわき市は出張所)をそれぞれ機能強化しながら、住民サービスを図る考えだ。渡辺利綱町長は「会津若松市に暮らしている町民も多い上、小、中学校もある。第1次復興計画の策定時とは状況も変わってきている。いわき市に丸ごと拠点を移すことは現実的ではない」と話す。

 双葉町は昨年6月、いわき市東田町に役場機能を移した。伊沢史朗町長は「地元勿来地区の人たちには非常に温かく迎えてもらっている。今後も相当期間、双葉町に戻ることが難しいので、勿来地区の皆さんと交流を深めながらお世話になっていきたい」とし、共生の姿を思い描く。

 双葉郡最北の浪江町。馬場有町長は「海に面し、気候、風土がお互いに似ている。実際にいわきに移り住んだ町民もいる。今後とも復興に向けたパートナーとして共生できる」と親近感を示す。

 現在、さまざまなあつれきが指摘されていることを心配するのは、葛尾村の松本允秀村長だ。「帰還困難区域の住民は、帰還まで長い時間を過ごすことになる。市民とのあつれきを、できるだけ生じさせないよう、市としっかり話し合うことが重要だ」

 【川内村長】 放射線が比較的低く、阿武隈山系の自然の中で復興拠点化を思い描く川内村の遠藤雄幸村長は「双葉郡として自立、復興していくならば、いわき市に依存するだけでなく、双葉郡の自分たちでビジョンを描いていくべき」と指摘する。

 「学校や病院などを整備するには時間がかかるが、人が戻ってきてからでは遅い。双葉郡が一致して医療、教育環境をつくり、戻るための判断材料にしてもらうことが必要」。遠藤村長は、住民が戻れる環境が整いつつある川内村や広野町をまず拠点とし、「仮の町」や復興住宅などを整備、双葉郡内で生活することを住民たちがイメージするよう、訴え掛けている。