資料保存や補修...継承に壁 記憶・教訓、遺構の財源確保「困難」

 
県内で唯一の震災遺構「請戸小」を見学するなみえ創成小の児童ら。震災の記憶と教訓を伝える貴重な施設となっている=昨年7月、浪江町

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から13年となる中、震災の記憶の風化防止と教訓の伝承が課題になっている。能登半島地震などの大規模な災害が相次ぎ、震災の教訓をどのように伝え、生かしていくかが問われている。東北大で8日に開かれた震災アーカイブシンポジウムから今後の取り組みを考えた。

 東北大アーカイブシンポ「継承」テーマ

 東日本大震災アーカイブシンポジウムは東北大災害科学国際研究所と国立国会図書館の主催で、2012年から定期的に開催。今回は「震災遺産と地域文化の継承を目指して」をテーマに、東京電力福島第1原発事故で一時全町避難を余儀なくされた富岡、大熊、双葉、浪江の4町の担当者らによる事例報告とパネル討論が行われた。

 浪江町の震災遺構「請戸小」を巡り、施設の運用と維持管理の両面から課題に直面している。2021年10月に一般公開が始まって以来、12万5000人以上が訪れ、注目度の高さをうかがわせる一方、入館料収入だけで採算を取れるようにするのは厳しい状況だ。

 現在は町が直営しているが、収益増に民間のノウハウを生かせるよう指定管理者制度の適用を検討する考えだ。沿岸部から約300メートルにあり、潮風による建物の劣化が見込まれるため、震災遺構として保存、補修の在り方や財源確保が今後の焦点となる。

 運用面では震災時の状況を伝えるパネル展示にとどまらない工夫も求められている。町教委の渡辺祐典生涯学習課主査によると、再訪した人から「有料でいいので、ガイドを付けてほしい」との要望があるという。ただ、担当職員だけでは対応し切れず、渡辺氏は「一職員では伝える力に限界がある。語り部との協力関係を結べるかどうかを検討したい」と話した。

 一方、双葉町は津波で被災した双葉海水浴場の町営の海の家「マリーンハウスふたば」について、建物を解体せずに存続させる方針だ。震災遺構として整備を検討する。

 見せ方の検討必要

 収集した震災資料の保管と展示については、大熊町や双葉町でも課題になっている。このうち双葉町は、第1原発の立地町として象徴だった原子力広報塔を現場から撤去。「原子力 明るい未来の エネルギー」と書かれた文字盤(看板)は町内の東日本大震災・原子力災害伝承館に寄託、公開されているが、広報塔の本体や残りの資料の保管場所、展示方法は決まっていない。

 橋本靖治総務課長・秘書広報課長は、伝承館で展示中の被災した消防車を例に「パネルだけでなく(解説する)人が付くと震災遺産のバックストーリーが丁寧に伝わる。見せ方の検討が必要だ」と述べた。

 「行政の主導力重要」

 パネル討論では、原発事故の影響により住民が郷土を離れた現況で、地域文化をどのように継承していくか、パネリストが意見を交わした。

 大熊町教委の苧坪(うつぼ)祐樹教育総務課副主任学芸員は地域文化について「法律で決まっておらず、何が大切なのかが分からない。首長、行政のリーダーシップがなければ継承は難しい」と提起した。

 橋本氏は伝統芸能を動画に記録、公開している取り組みに触れ「デジタルアーカイブで残し、次世代に見てもらえるようにした」と狙いを説明。町内で復活した新春恒例行事「双葉町ダルマ市」に言及し「住民は古里を離れているが、心は双葉にある。誰かが力を入れ、積極的に若い世代へ伝えないと、文化はいつかなくなってしまう」と警告した。

 富岡町教委の三瓶秀文生涯学習課長補佐は祭礼や神社仏閣などの継承に向け「全国各地に散らばった住民がすぐに戻るのは難しい。地域の回復力を持続させ、新しい住民を巻き込みながら、つなげることが大切だ」と力を込めた。

 渡辺氏は、津波で流失した浪江町請戸の苕野(くさの)神社が再建され、請戸の漁師の豊漁と海上安全を祈る「安波祭(あんばまつり)」が2月18日に行われると紹介。「伝統文化は地域に住めなくなった人の心のよりどころ。伝える人がいないのが課題で、芸能活動の継承についてはバックアップしたい」と語った。

 意義希薄化で閉鎖も

 自治体や各種団体が東日本大震災の記録を保存したアーカイブは、一部で存続の岐路に立っている。東北大の柴山明寛准教授はハードウエアやウェブサイトの更新費用がかかり、停止、閉鎖する例が出ていると説明。「運営主体に継続の意義の希薄化が進んでいる」と指摘した。柴山氏は「記録の劣化や散逸を防ぐため、収集や編集、デジタル化に多くの予算をかけることが重要だ」とした上で「システムはハード、ソフト両面で欲張り過ぎず、小規模から始める必要がある。運用経費や更新費用を事前に計算し、無理のない運用を心がけるべきだ」と助言した。

 震災前後の変化を知る場に 富岡・三瓶秀文氏

 富岡町教委の三瓶秀文生涯学習課長補佐は、2021年7月に開館した町立の「とみおかアーカイブ・ミュージアム」について紹介し「震災と原発事故を地域の歴史の入り口にするのではなく、歴史の一つのページに位置付けることを心がけている」と思いを口にした。

 ミュージアムには震災前後の歴史、文化を記録した資料約5万点を収蔵し、このうち約430点を展示している。一つの常設展示室で、震災前の「町の成り立ち・地域の特徴」と、震災後の「震災遺産」の両方を伝えているのが特徴だ。

 三瓶氏は「震災前から暮らしていた人々が地域の資料や震災と原発事故による被害を改めて見つめる場であり、初めて訪れる人々には地域の自然、歴史、文化と震災後の変化を知る場になる」と説明。今後は次世代に地域の資料をつなぐ仕組みが必要で、ソフト面での事業展開が重要になるとの考えを示した。

 住民不在文化財活用を模索 大熊・苧坪祐樹氏

 大熊町教委の苧坪祐樹教育総務課副主任学芸員は、全町避難を経験したことによる文化財保全の難しさを挙げた。国や町の文化財レスキュー活動で町内に残された文化財を集めたが「一時保管先の総合体育館は電気が不通で、遮光もなく、文化財が梱包(こんぽう)されたままの状態で置かれている。新たな保管先ができるまでの間、可能な限りの保存環境を整備していく」と述べた。

 除染で出た土壌などを保管する中間貯蔵施設の建設予定地には石碑や地蔵、歴史的な志賀家住宅、津波で被災した県水産種苗研究所跡が手付かずのままあり、保全が課題となっている。

 苧坪氏は「平時は地域で管理、修繕していくものが住民の避難により放置され朽ちていく」と危機感を示した。文化財活用のめどが立たない中、場当たりな判断で収集してきたと振り返り「住民が不在の特殊な環境で、町が主体となって、できることを考えていく」と話した。

 職員の育成が事業継続の鍵 双葉・橋本靖治氏

 双葉町の橋本靖治総務課長・秘書広報課長は、行政職員の立場で震災資料保全に取り組んだ経験から「アーカイブという学術的な観点・目的よりも『伝える』とのキーワードで物事を考えるとしっくりきた。後世へ伝える、人々へ伝えることを意識した」と語った。

 町内では津波被害を受けた消防車や郵便ポストなどが震災がれきとして処分される直前に、学芸員の助言で保全された経緯があり、橋本氏は「がれきにも価値があり、保全しなければ貴重な震災資料が失われるところだった」と述懐した。

 町は筑波大と連携し、震災直後に東京電力からの通報内容を職員がメモした模造紙の複製品を作ったり、役場機能と避難所を置いた埼玉県加須(かぞ)市の旧騎西高の資料を保全したりした。橋本氏は「アーカイブズ事業を理解した職員を育成しなければ事業の継続は困難になる」と課題を挙げた。

 請戸小訪れ「自分ごと」意識 浪江・渡辺祐典氏

 浪江町教委の渡辺祐典生涯学習課主査は、県内で唯一の震災遺構「請戸小」を整備した意義を語り「津波被害を受けた校舎のありのままの姿により、震災の記憶と教訓を伝えている。外国人の来訪者も増加傾向にあり、国内外から関心が高まっている」と報告した。

 震災時、請戸小の児童と教職員は大平山に避難し、全員が無事だったため「奇跡の避難」として知られている。一方、請戸地区では津波で154人が死傷し、請戸漁港を中心とした集落に約500軒あった住宅は全て失われた。現在は災害危険区域に指定され、住民が居住できなくなった。

 渡辺氏は「美談だけで終わらせず、亡くなった人がいて、恐ろしさや悲しみも共にあった記憶を忘れてはいけない」と訴えた。請戸小の役割を「『自分だったらどうする』と意識し、防災について考えてもらうきっかけにしたい」と説いた。