【震災5年インタビュー】福島医大理事長・菊地臣一氏 新たな医療モデル構築

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 きくち・しんいち 石川町出身。福島医大医学部卒。県立田島病院長、同大整形外科学講座教授、医学部長、副理事長・付属病院長などを歴任。2008年から現職。日本脊椎脊髄病学会理事長も務めた。専門は脊椎・脊髄外科、整形外科学。69歳。

 東日本大震災と原発事故から5年の節目に、福島医大の菊地臣一理事長に県民の健康維持や医大の役割などについて聞いた。菊地氏は、原発事故の避難などに伴い悪化した県民の健康指標の改善を急ぐべきだと強調。また、大勢の作業員が働き、避難先から住民が帰還してくる双葉郡について「少子高齢化社会のモデルとして世界に発信できるような医療システムを構築すべき」と訴えた。(聞き手・編集局長 菅野篤)

 ―県民の現在の健康上の課題は。
 「震災、原発事故直後よりも現在の方が深刻だ。(心筋梗塞や脳梗塞の死亡率などの)健康指標が都道府県で最下位レベルとなっている。県民は原発事故に伴う避難などで事故前と異なる環境に置かれることになった。これにより、体を動かさないことと心に不安を抱えていることが大きな問題となり、健康指標に影響している。放射線による健康影響といった問題よりもはるかに深刻だ。健康指標の悪化は本県自体のイメージ悪化にもつながる。全力で改善に取り組まなければならない」

 ―(リハビリテーション治療や運動療法を担う)理学療法士や作業療法士らを養成する新学部設置が決まった。
 「健康のために最も良いことは体を動かすことだが、県内にその専門家が少ない。急速に悪化した健康指標は短期間なら戻せるが、長く続いてしまえば戻せない。県は5年後の2021(平成33)年4月に設置する方針だが、それだと震災、原発事故から10年経過することになる。遅すぎると思う。一日も早く設置するべきだ」

 ―双葉郡の2次救急医療体制の整備に向け、4月から福島医大に拠点が設けられる。
 「廃炉や除染に当たる大勢の作業員が安心して働けるようにするとともに、避難先から戻った人の健康を守る必要がある。作業現場での事故に対応する救急医療が求められるし、帰還する人は高齢者が多いとみられており、医師が患者を訪ねる在宅医療も必要になる。それなら、救急と在宅医療の両方の機能を備えたハイブリッド型の医療機関をつくればいい。大学に医師を集め、ローテーションで双葉郡に勤務してもらう。こうした医療システムは、少子高齢化社会の新しい医療のモデルとして世界に発信できると考えている」

 「健康影響」適切に発信

 ―放射線の健康影響をめぐっては、この5年でさまざまなデータが蓄積された。しかしデータに基づいた理解が浸透していない面があり、中には全くデータに基づかないデマも流布されている。放射線のリスクコミュニケーションの重要性は高まっている。
 「それは今後の最大の課題だと思っている。福島医大として反省もある。医療は基本的に『個』対『個』で行われるが、放射線の健康影響についての広報は、対『集団』という構図になりがちだった。例えば甲状腺がんと診断された人、家族がどんな思いを抱えるか。われわれ医療者だけで考えていると、そうした相手の状況が見えなくなるケースがあった。われわれは反省しなければならないが、そもそも日本にリスクコミュニケーションの専門家が少なく、育成しなければならない」

 「プロのわな」注意必要

 ―大学としての情報発信の在り方は。
 「『プロのわな』に気を付ける必要がある。大学の研究者は論文を出してはいるのだが、県民や国民に理解してもらえるような論文、つまり新聞に取り上げてもらえるような論文は必ずしも書けていない。専門家として完璧を求めるあまり、相手が見えなくなるという『プロのわな』にはまっている」

 ―岡山大の教授が、本県で見つかっている子どもの甲状腺がんの多くは被ばくで発症したものだと主張する分析結果をまとめて論文として発表している。
 「その論文の誤りを指摘する反論のペーパー資料を出し、学術誌の電子版に掲載された。その論文は専門家から見れば噴飯ものの内容だが、論文は『出したものが勝ち』という面もあり、こちらからも論文を出していかなければならない。以前のような狂騒的な状況はなくなったものの、今でも偏った意見が専門家の中から出てくる。われわれは科学の土俵で闘わなければならない。何もかも分かったように発言する人もいるが、原発事故を受けて実施している甲状腺検査は世界で初めての取り組みなので、甲状腺がんが(他の地域と比べて)多いかどうか誰も判断できず、今ようやく『放射線の影響ではないと思われる』というところまで来ているが、まだ手探りの状態だ。手探りであるということを分かりやすく伝える努力が、われわれに求められている」

 ―ふくしま国際医療科学センターの建物が年内に完成するほか、新学部の設置が予定されるなど、福島医大の組織は急速に大きくなっている。
 「医大のそれぞれの事業を監督、運営する人材が足りないのが課題だ。確かに組織も予算も巨大化しており、これを管理する行政のプロがさらに必要だ」

 ―福島医大が長期にわたり県民の健康を守っていくには、国の長期にわたる関与が欠かせない。
 「今は国から予算が来ているが、今後の運営経費をどうするか、めどが立っていない。国を引っ張り込んで、予算を継続してもらわないと駄目だと思っている。国の人材も必要で、すでに財務省や厚生労働省出身者に医大で働いてもらっている。原発事故の責任が国にあるといっても、その国と一緒に取り組んでいかなければどうしようもない。われわれの取り組みは、国のさまざまな政策の中の一つにすぎないのは分かるが、関与を継続してもらいたい」

 人生の扉は他人が開く

 ―福島医大で学ぶ学生、将来医学を学ぼうとする若い世代にメッセージを。
 「『人生の扉は他人が開く』ということを学生にはいつも言っている。努力は必要だが、努力すれば道が開けるほど、世の中は単純でも甘くもない。ただし、その努力をみて『何とかしてやろう』という人がいる。出会いは人生を豊かにし、別れは人を成長させる。人生の扉は他人が開くと信じ、愚直に努力を継続してほしい」

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