「海洋放出」監視続ける 第1原発、トリチウム濃度異常なし継続

 
上空から撮影した東京電力福島第1原発。処理水の保管タンクが敷地内に並ぶ。処理水は海底トンネルを通じて沖合1キロ先から海へ放出されている=8月24日

 東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出が始まって半月余りが経過した。設備や運用にトラブルはなく、周辺の海水や魚に含まれる放射性物質トリチウム濃度にも異常はないが、東電、国、県は監視を続ける。台風13号の影響などがなければ初回分の放出は11日に終わる見通しだ。

 東電は8月24日に海洋放出を始めた。放出前の保管量は134万トンで、容量の98%に達していた。放出は一定量ずつ実施し、初回は約7800トンを約17日で放出する。トリチウム濃度は1リットル当たり14万ベクレルで、これを国の基準の40分の1(1リットル当たり1500ベクレル)未満になるよう大量の海水で薄めて放出している。

 東電、環境省、水産庁、県は第1原発周辺で海水や魚を採取してトリチウム濃度を測定している。これまでに放出口に最も近い採取地点1カ所から1リットル当たり10ベクレルのトリチウムが検出された。東電は結果を速やかに出すため、検出限界値を1リットル当たり10ベクレル程度で分析しているが、0.1~0.4ベクレルと精度を高めた再分析結果も公表している。

 東電は本年度、4回に分けて約3万1200トンの処理水を放出する。約千基あるタンクの約30基分相当だが、この間も処理水が増え続けるため、実際に空にできるタンクは約10基にとどまる見込みだ。計画では放出は2051年まで続く。

 中国、強硬姿勢

 海洋放出に反対する中国は、日本の水産物輸入を全面停止し、嫌がらせや不買運動も起きている。県内では中国からとみられる迷惑電話が後を絶たず、一部のホテルや旅館ではアジア圏からのインバウンド(訪日客)の宿泊予約のキャンセルも生じた。これに対し、自民党内から世界貿易機関(WTO)への提訴の検討を求める声が出るなど日中間の緊張が高まっている。

 政府は海水や魚の分析結果を開示し、国内外に安全性を強調していく。漁業関係者に対しては中国市場依存の脱却に向け、新たに207億円の予備費を投じ、水産物の加工施設や冷凍庫などの保管設備の拡充、販路開拓を支援する方針だ。

 確実な履行へ停止指標 基準の半分以下に希釈 

 東電は処理水の海洋放出に際し、福島第1原発の周辺海域のモニタリング(監視)で放射性物質トリチウム濃度が比較的高い数値を示した場合、放出停止を判断する指標を設けている。

 指標は、放水口近くの原発から半径3キロ以内で1リットル当たり700ベクレル、原発正面の海側10キロ四方では1リットル当たり30ベクレルとした。

 東電は放出時の濃度基準(1リットル当たり1500ベクレル未満)を確実に守るため、設備や測定の不確かさも考慮して指標を設定した。事実上、同1500ベクレルの半分以下となる同700ベクレル未満が放出時の運用目標となる。

 最初に放出した処理水のトリチウム濃度は1リットル当たり14万ベクレル。濃度を同700ベクレル未満にするため、海水で約200倍に薄めている。

 海側10キロ四方の指標については、直近3年で測定した国内原発の前面海域のトリチウム濃度を参考に定めた。東電は、この最大値となる1リットル当たり20ベクレルを超えた場合を「通常ではない状況と考えた」としている。

 処理水のトリチウム濃度はタンクごとに異なり、東電は初回の放出分を濃度が比較的低いタンクから選んだ。放出前の保管量134万トンのうち約7割は、過去の浄化設備のトラブルなどで放射性物質が基準値を超えて残る。このため東電は、多核種除去設備(ALPS)などを使い、基準値を下回るまで再浄化する方針だ。

 1リットル当たり1500ベクレル上限

 東電が海洋放出計画で、処理水に含まれる放射性物質トリチウム濃度の基準とした1リットル当たり1500ベクレル未満。この数値は「原発の敷地境界の被ばく線量が1年間で1ミリシーベルト未満」という国の規制から逆算して決められた。1500ベクレルの水を1年間、毎日2リットル飲み続けた場合の被ばく線量は0.22ミリシーベルトとなり、1ミリシーベルトを大きく下回るとしている。

 敷地境界での主な被ばくの原因は〈1〉原発や、がれきなどから直接放出される放射線〈2〉気体廃棄物〈3〉液体廃棄物―の3種類。このうち処理水などの液体廃棄物は全体の2割程度となる。

 このため東電は、液体廃棄物による被ばく線量が年間0.22ミリシーベルトとなるよう主な放射性物質の目標値を定めた。トリチウムについては、1リットル当たり1500ベクレルが上限となった。

 こうした数値は2014年、処理水の発生原因となる汚染水の削減対策として「地下水バイパス」計画を始める際に決められた。

 地下水バイパスは、地下水が原子炉建屋内に流れ込んで汚染される前に井戸でくみ上げ、海に流している。この水にもトリチウムが含まれている。

 被災3県、漁業復興半ば 輸入規制、懸念材料に

 福島、宮城、岩手3県が面する「三陸沖・常磐沖」は親潮と黒潮が交わり、魚種が豊富な宝の海だ。漁業は地域の基幹産業として発展した。だが、東日本大震災で漁港が被災し、東京電力福島第1原発事故の影響も長期化。落ち込んだ漁獲量は回復に向かうが、サンマなど主力魚種の不漁もあり、伸び悩む。処理水の海洋放出が始まり、関係者は再び苦境に立たされている。

 3県によると、本県の漁獲量は2010年の約3万8000トンが11年は約7000トンまで減り、その後も低迷している。岩手は10年の約18万トンが11年は半減。約32万トンだった宮城も10万トンを割った。いずれも13年以降は震災前比5~8割で頭打ちの状況が続く。

 魚種別で見ると、本県は「常磐もの」と呼ばれるヒラメやカレイが売りだが、原発事故の影響で約10年間にわたり試験操業を余儀なくされた。処理水の放出に伴う中国や香港による輸入規制も今後の懸念材料だ。

 岩手で主力のサンマは、震災前の平均約5万トンから近年は10分の1程度にまで激減。逆にマイワシが数十倍に増えており、サンマが盛んな宮城でも似た傾向という。温暖化による海洋環境の変化が原因とみられ、岩手県の担当者は「狙う魚をサンマから変える漁業者も増えた」と明かす。

 宮城の名産、カキやホヤも打撃を受けた。ホヤは震災前の約8000ンから半減。大口の輸出先だった韓国が規制を始め、国内外に販路の拡充を模索するが、需要が十分に戻っていない。

 一方、岩手、宮城のワカメは収穫までの養殖期間が短く済み、両県で国内最大シェアを取り戻した。

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 福島第1原発の処理水 東京電力福島第1原発1~3号機で溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷やす注水のほか、地下水や雨水から発生した汚染水を多核種除去設備(ALPS)で浄化した水。放射性物質トリチウムは取り除けないため、敷地内のタンクで保管してきた。