"郷里で学ぶ"意味は 教育再興へ一歩前進「中高一貫校」

(数字はいいね)  このエントリーをはてなブックマークに追加 

 東京電力福島第1原発事故による避難指示で学校ごと避難を余儀なくされた児童生徒は、避難先に転校した子ども、避難先で再開した学校で学ぶ子どもの違いこそあれ、多くが不自由な教育環境の中で2年6カ月を歩んできた。「古里」の校舎で一度も学ぶことなく3年目の2学期を過ごす子どももいる。「郷里で学ぶ」ということは何を意味するのか。ここに問題提起したのが双葉郡の教育長たちだ。曲折を経ながらも実現に向けて一歩前進した中高一貫校を例に、被災地の教育再興をみつめる。

 「魅力ある受け皿」実現へ

 双葉郡の中高一貫校は、原発事故で避難生活を続ける子どもたちを呼び寄せる、魅力ある受け皿を作りたいという地元教育長らの思いから生まれた構想だ。

 郡内教育長らは震災後から郡内の教育の在り方を検討、今年7月に「双葉郡教育復興構想」にまとめた。中高一貫校は、国内外の大学進学や地域を学ぶ「ふるさと学」導入など、独自カリキュラムによる高い志を持った学校像を描き、文部科学省も全面的な財政支援を約束した。

 検討段階では、場所や形態、設置主体が課題となった。設置主体は国立も選択肢に挙がったが、県立に決定。場所は今後の地域づくりにも影響するため最終決定を双葉地方町村会に委ねた。設置形態は、教育長側が会津学鳳中・高と同様に中学校と高校が同じ敷地内にあってカリキュラムに一貫性がある「併設型」を主張。県教委は当初、郡内で再開した既存の中学校と新設の高校の結び付きを強め、カリキュラムに一貫性を持たせる「連携型」を主張した。

 4日の会合では併設型とすることで基本的には一致したが、郡内外へのメッセージを強めるため開校時から併設型を求める郡内教育長側に対し、県教委は連携型で開校し、後に併設型とする対応を主張し、いまだ隔たりがある状況だ。