「沿岸部」進む防災化 堤防が守る町、遠ざかる海...少し複雑

 
いわき市久之浜町で進められている都市整備と一体となった防災事業。奥に見える海岸沿いの堤防は高さ7.2メートルにかさ上げされ、堤防の手前に防災緑地が整備される。さらに手前では県道の改修工事が行われ、堤防、防災緑地、道路といった「多重防御」で住民の安全確保を図る(パノラマ合成)

 東日本大震災の津波に襲われた本県沿岸部では海岸堤防の建設や防災緑地の整備など復旧、復興に向けた動きが加速している。常磐線は再開へのレールが敷かれつつあり、小名浜港は港町復興へのまちづくりが東港地区の整備とともに進む。地震で甚大な被害が出た白河市など内陸部では被害軽減に向けた対策が講じられ、被災した住民が新たな生活を送っている。

 津波対策として堤防のかさ上げや防災緑地の整備が本県沿岸部で進められている。高さを増す堤防や防災緑地は震災前まで、身近な存在だった海を住民から遠ざけることにつながりかねない。「堤防で海が見えなくなる」。複雑な思いを抱く住民もいる。

 「(津波で)何もなくなっちゃったけど、ここを歩くと『豊間だなぁ』って感じがするよ」。いわき市平豊間字八幡町で飲食店「中華はまや」を営んでいた馬目正幸さん(63)は潮風の匂いを頼りに、失った古里の姿を思い浮かべた。

 同市平豊間は震災の津波で甚大な被害を受けた地区の一つ。馬目さんの自宅と店舗は海岸から約50メートルの場所にあったが、家の土台以外、全てが流された。

 現在その場所では防災緑地の整備が進み、防災緑地と海の間には従来より1メートル高い7.2メートルの堤防が建設される計画だ。震災前の姿から刻々と変化する状況に馬目さんは戸惑いを隠せない。「人命、財産を守る工事と分かっているが、子どもの頃から親しんだ風景がなくなるのは寂しいよ」とうつむいた。

 馬目さんは海が見えなくなることに不安を抱く一人。「震災以降、『海は危ない。近づくな』と耳にするが、海で育った者としては悲しいことだ」。海とともに生活してきた過去が失われるとの思いに包まれる。

 同市平豊間の仮設店舗で飲食店を再開して1年がたった。「より良い地域に再生したい」。復興の足音は聞こえてくるが、大好きだった波音は聞こえなくなってきた。

 県によると、被災した本県沿岸部の堤防は67.3キロに上り、うち59.4キロが着工、完了は6.2キロ。