"震災の記憶"後世に 浪江まち物語つたえ隊が体験紹介

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「被災地の現実を知ってほしい」と各地で紙芝居の上演を続ける浪江まち物語つたえ隊

 県外で東日本大震災の記憶が薄れつつある中、風化防止に向けて被災者が「語り部」となり、自身の体験を伝える取り組みが各地で行われている。子どもたちに震災の教訓を継承しようと、震災から丸4年の節目に合わせて公立学校は防災の授業を行う。津波で被災した車や駅の改札口、道路標識などを「震災遺産(震災遺構)」として保存する動きも出ているが、当時の悲惨な光景を呼び起こすとして複雑な思いを抱く住民もいる。震災の記憶をどのように受け継いでいくのかが問われている。

 東京電力福島第1原発事故の影響で避難する浪江町民と、避難先の住民らが被災した体験を紙芝居にし震災の記憶として伝えている。「被災地の現実を知ってほしい」。震災から4年がたち、明るい話題も出てきたが、復興の影に隠れてしまいがちな被災者の思いを紙芝居で紡ぐ。

 紙芝居を披露するのは浪江町と桑折町、伊達市保原町の語り部有志で昨年4月に発足した「浪江まち物語つたえ隊」。広島市の市民団体の協力で古里の民話を紙芝居にして各地で上演。これまで制作した紙芝居は37作品に上る。

 被災体験を伝える最初の作品となったのは、浪江町の語り部で2012(平成24)年6月に84歳で亡くなった佐々木ヤス子さんが、避難の体験をつづった手記を基に作られた「見えない雲の下で」。佐々木さんから語り部について教わり、続ける約束をした八島妃彩さん(49)=浪江町=が読み手として思いを引き継ぐ。原発事故直後の不安な気持ちを思い起こさせる物語は、被災者の共感を得ているほか、被災していない人々の心も打つ。原発事故から時間がたつにつれて「(世間が)鈍感になっている部分がある」と感じる八島さんは「まだまだ復興が進んでいないことを知ってほしい」と話す。

 桑折町と伊達市のメンバーが加わったことで読み手が増え、活動の幅が広がった。8日には、東京で開かれたイベントで紙芝居を披露し、首都圏の人々に震災の記憶と被災地の現状を訴えた。同隊の小沢是寛会長(69)=浪江町=は「震災と原発事故を風化させてはいけない。そのために現実を伝え続けたい」と思いを語る。

 浜通り中心に語り部活動 

 県によると、被災者が震災の語り部となり体験を伝えるツアーの受け入れが相馬市やいわき市など浜通りを中心に行われている。県は2012(平成24)年にふくしま観光復興支援センターを設立。県外から寄せられるツアーや防災研修などの問い合わせに答え、観光協会や自治体など県内各地の受け入れ団体を紹介している。

 同センターが取り次いだ数は12年度が月平均で約700人、13年度は約1000人に上り、本年度は約700人という。同センターに登録する語り部の数は約180人で、地域復興の取り組みなども紹介している。

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