【 高橋庄作酒造店 】 妥協せず会津に特化<会津若松市>

(数字はいいね)  このエントリーをはてなブックマークに追加 
こだわりは「土産土法」の酒造り。酒蔵近くに広がる自社田で今年も自慢の米を収穫していた

 全国に名をとどろかせ、根強いファンが多い高橋庄作酒造店(会津若松市)の「会津娘」。地元の酒屋でも入荷待ちは当たり前の人気ぶり。うまさの秘密を探るべく取材を申し込むと、快諾してくれた。向かうは会津盆地南端の田園地帯。旧街道沿いの集落内に酒蔵はある。幕末の戊辰戦争では、激戦が繰り広げられた地でもある。

 訪ねたのは夕刻。外には農機具があり、酒蔵というよりは農家といった雰囲気だ。「今がちょうど自社田の稲刈りの真っ最中。うちはコメ作りから酒造りに取り組んでいる」と話すのは蔵元の長男で製造責任者の高橋亘さん(43)=写真・下(左から2人目)=だ。

 聞けば、酒造りのモットーは「土産土法(どさんどほう)」にある。意味は「全て会津のコメと水を使い、土地の人が、土地の手法で、酒造りに取り組む」ことという。また、季節ごとの蔵出し、丁寧な貯蔵による熟成管理など、酒を常により良い状態にすることを心掛けている。

 一押しは「芳醇純米 会津娘」。濾過(ろか)を必要最低限に抑えたことで、深くしっかりとしたコクが特徴。「一口飲めば会津の風景が浮かぶ酒が理想」という造り手の思いがある。そして、うまい酒の先も見据える。「会津娘を選び続けてもらうには『会津でしか造れない酒』という付加価値を追求しなければ先はない」

 会津娘のうまさの理由は、酒造りや管理など技術の高さだけでない。「会津」に特化した妥協のない酒造りの信念こそが真の答えだ。



高橋庄作酒造店

 純米酒中心に酒造り
 創業は幕末から明治にかけて。2代目蔵元以降は高橋庄作を襲名し、現在の蔵元は5代目高橋庄作さん(73)。高橋家の先祖は江戸時代の古文書にも名が残り、地元を代表する旧家。幕末には酒造りを始めていたとされるが、戊辰戦争で屋敷を焼失してしまい、詳しくは分からないという。代表銘柄「会津娘」の誕生は、5代目が1987(昭和62)年に純米酒中心の酒造りに転換したことに始まる。高橋庄作酒造店(電話)0242・27・0108

高橋庄作酒造店