【復興の道標・不信の連鎖-1】「食の安全」どう伝える 事故直後の誤解...今も

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コメの全量全袋検査。厳格な食品基準値の下で県産農産物の安全性は保たれているが、風評は根強い=2015年8月、二本松市

 「大丈夫なはずだ」。2014(平成26)年11月、川内村にあるコメ全量全袋検査場。浪江町の松本清人(77)は、自分が作ったコメがベルトコンベヤーの上を流れていくのを固唾(かたず)をのんで見つめていた。東京電力福島第1原発から北西に約10キロ、浪江町の居住制限区域にある田んぼで、出荷販売を見据えた「実証栽培」として作ったコメだった。

 検査の結果、コメは全て食品の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回り、松本はほっと胸をなで下ろした。実証栽培は昨年も行い、全て基準値未満だった。

 松本は確信した。「町内での営農再開に、放射性物質は問題にならない」。だが、この事実を消費者にどう伝えればいいのか分からなかった。「100ベクレル未満と示されて、安全だとしっかり理解できる人がどれだけいるだろうか」

 一般食品の放射性セシウムの基準値は、米国が1キロ当たり1200ベクレル、欧州連合(EU)が同1250ベクレル。これらよりほぼ10倍厳しい基準値の下、県民は放射性物質検査を続けてきた。

 しかし、今なお「福島県産の農産物は危険」との意見、見方が国内外で根強く残る。基準値未満でも不安視され、インターネット上では本県産品を食べさせる行為が「人殺し」と書かれるなど、今も過激な中傷が飛び交う。

 「セシウムは大丈夫だとしても、ストロンチウムはどうなんですか」。福島大環境放射能研究所副所長の塚田祥文(ひろふみ)(56)=環境放射生態学=は、避難指示解除後の営農再開を目指す農家から度々質問を受ける。放射性物質「ストロンチウム90」はカルシウムと性質が似ていて体内に入ると骨に蓄積されるほか、セシウムより作物に移行しやすいとされるが、測定に時間を要する。

 農家の不安に応えようと、塚田は13年に県内各地で採取した土壌中のストロンチウム90の濃度を調べた。最も高かったのは第1原発から西に5キロの大熊町の土壌で、1キロ当たり最大4.7ベクレルだった。ストロンチウム90は過去に米国や旧ソ連などが行った大気圏内核実験でも世界中に飛散しており、国内には同5.9ベクレルの土壌もある。塚田は「第1原発がある大熊町でさえ、核実験の影響を受けたほかの場所と変わらない」と話す。

 食品の基準値は元々、ストロンチウムの存在も考慮して定められている。基準値に不信感を抱き、ストロンチウムを過度に心配するなど実態と異なる印象を持つ人が少なくない理由の一つは、原発事故直後の一部の専門家たちの言動にあると、塚田は考える。

 「当時『地面に落ちたセシウムはすぐに地下水を汚染する』と言った専門家がいたが、実際は表層にとどまり地中にはほとんど浸透しないことは今は周知の事実だ。一部の専門家の、事実でない説明に基づいた誤解が今も尾を引いている」

 松本はこの春、実証栽培として3年目の田植えに臨む。風評への打開策は見いだせないが、前を向く。「『作ってもどうせ売れない』という先入観を持って農業なんてできない。『おいしく食べてもらうんだ』という信念でやる」

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 放射線防護策などに向けられた、根拠が薄い不信感が風評被害を大きくしたり、復興への歩みを阻む壁となるケースがある。国民が行政や東電、専門家らに抱く不信感について考える。(文中敬称略)

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