【復興の道標・復興バブル後-5】住宅特需に落ち着き 「高騰イメージ」危惧

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いわき市平の繁華街「田町」。震災から5年が経過し、飲食店などのにぎわいもピークを過ぎた

 「4月の2週目ごろから、また人通りが少なくなった」。浜通り最大の繁華街、いわき市平字田町で眼鏡専門店「和光」を営む根本浩一(49)は、街の異変を感じている。

 「午後4時を過ぎると飲食店に詰め掛けていた作業員のような姿がめっきり減った」。毎日、店内からガラス越しに街の様子を見つめてきた店主の目には、繁華街の活気に陰りが出ているように見える。

 震災後、原発の廃炉作業や双葉郡内の除染作業に携わる作業員で、田町や白銀町など平中心部の飲食店はにぎわった。眼鏡店にも見慣れない名字やなじみのない方言を使う客が訪れるようになったが、最近はあまり見掛けない。

 「双葉郡の社宅に移ったから、これから頻繁には来られなくなる」。久しぶりに来店した男性客の言葉から、見掛けなくなった事情を悟った。

 眼鏡店は商議所の委託を受け、中心部の有料駐車場の共通駐車券を販売している。商店のほか病院、美容院などさまざまな業種の関係者が購入に来るが、その頻度も減っていると根本は実感する。「復興特需はピークを過ぎたと思う」

 一方、いわき市の復興特需を象徴する指標の一つだった「地価」にも変化の兆しが見える。避難住民ら被災者の生活再建に向けた住宅需要の高まりが土地取引を活発にし、地価を押し上げた。ただ、復興公営住宅の整備や古里への帰還の動きなどを要因に、住宅需要は落ち着きつつある。

 国土交通省が公示した1月1日現在の地価で、いわき市は住宅地2地点の上昇率が13%以上で全国10傑に入った。しかし、上位10位を独占した前年ほどの勢いはない。県宅地建物取引業協会いわき支部長の佐藤光代(73)は「地価は限界に達した。始まりがあれば終わりがある」と指摘する。

 佐藤は不動産業者として、市内へのマイホーム建築を諦め、隣接する茨城県北茨城市に居を求めた地元の子育て世代の姿を見てきた。「いわきでは1坪(3.3平方メートル)当たり5万円の土地が20万円に上がった団地もある。これまでが異常だった」と話す。

 復興特需の先に「いわき=地価高騰」のイメージだけが残るのを危惧する行政や不動産関係者は多い。市民の中には地価高騰を「復興バブル」とやゆする人もいるが、佐藤は「バブル」という言葉を嫌う。「かつてのバブル景気と今のいわきの状況は全く違う。多くの市民の給与水準は変わらないのに、一部の人の賠償金や補償金が地価を引き上げただけだ」(文中敬称略)