脳卒中について。その35 【第4のリスク】喫煙その1

 

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 みなさんの笑顔と元気をサポートする「健康ジャーナル」。公立藤田総合病院(国見町)副院長で脳神経外科医の佐藤晶宏先生のお話です。
脳卒中について。その35
公立藤田総合病院
佐藤昌宏先生
福島県立医科大学医学部大学院卒、医学博士号を取得。同大学附属病院から総合南東北病院、福島赤十字病院、原町市立病院等にて勤務し1996(平成8)年4月から公立藤田総合病院脳神経外科、2008年4月より同病院副院長。専門は脳血管障害の診断と外科治療。日本脳神経外科学会専門医・指導医、福島県立医科大学医学部臨床教授。
 
 

   

 今回は、脳卒中の第4のリスクの喫煙についてです。

 1.喫煙者と非喫煙者 たばこの煙の中には5300種類以上の化学物質が含まれ、そのうち約200種類は有害物質、さらに70種類以上は発がん物質です。喫煙者は非喫煙者に比べ、脳卒中の発症リスクが1.5倍、脳卒中死亡率になると男性1.8倍、女性2.8倍といわれています(図1)。また、高血圧の喫煙者は血圧が正常の非喫煙者と比較すると、18倍も脳卒中になりやすく、たばこを続けている限り、降圧剤を飲んでも十分な脳卒中予防にはならないことがわかっています。
 では、1日に20本吸っている人が、1本に減らしたら、危険は1/20になるのでしょうか。残念ながら、外国のデータですが1日20本吸っていた人の脳卒中発症リスクを100として、5本に減らしてもリスクは66%、1本に減らしても58%にしかリスクは減らないことが報告されています。
 特に、喫煙は脳卒中の中でも、くも膜下出血の最もよく知られた危険因子となっています。喫煙者は非喫煙者と比較して、男性で3.10倍、女性で2.26倍リスクが高くなっています。喫煙量については、一日の喫煙量が10本未満でも、20本以上吸っている人と同程度のリスクがあるという結果でした。しかし、喫煙をやめると非喫煙者と同等にリスクが低下していることが確認できました(図2)。
 この結果から、たばこを吸わないことはもちろん重要ですが、吸っている人でも、禁煙することでくも膜下出血の予防効果が期待できると考えられます。

 2.喫煙者はなぜ脳卒中になりやすくなるのか

 たばこの最大の問題は動脈硬化を促進させることです。たばこを吸うと、一酸化炭素が体内に取り込まれます。一酸化炭素は酸素よりも血液中の赤血球と結合しやすいため、体内組織の酸素が不足し動脈硬化を進行させます。
 血管の内側は内皮細胞と呼ばれる細胞に覆われ、血管や血液の機能を保つのに重要な役割を果たしています。ところが、たばこに含まれる酸化物質は内皮細胞にダメージを与え、血管収縮や血液凝固、動脈硬化をもたらすように働きます。金属が酸化してさびるように、動脈も酸化物質によってさびるといえるでしょう。しかも、たばこは善玉コレステロールを減少させ、動脈硬化を促す悪玉コレステロールを増加させます。これらのことは全身で起こりますが、特に脳の動脈に動脈硬化が進行してくると、血管は細くなり、脳梗塞になりやすくなります。
 また、たばこの煙のなかのニコチンは、交感神経系を刺激して血圧や脈拍を上昇させます。さらに、前回までお話した脳卒中の第3のリスクの心房細動は、喫煙により1.5倍発症しやすくなるとのデータもあります。たばこを吸うと、血中の酸素不足になり、わざわざ心臓に負担をかけることになります。これらのさまざまな理由で脳卒中になりやすくなるわけです。

 3.たばこの健康被害

 喫煙が、がんの原因となるのはいうまでもありません。たばことがんについては次回、詳しくお話します。その他については、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性気管支炎、肺気腫、気管支喘息といった、肺の病気になることも、よく知られています。有害物質の代表であるニコチンは、血圧や脈拍の上昇を引き起こし、動脈硬化を進行させるため、心筋梗塞、狭心症、不整脈などの心臓病の原因となります。また、動脈硬化が大動脈に及べば、大動脈瘤、大動脈解離、下肢の動脈血栓症などにもなります。さらに、虫歯や歯周病、糖尿病の発症の原因にもなっています。これらの大きな病気だけでなく、頭痛や手足のしびれ、皮膚のトラブルの原因になっていることもあります。
 女性の喫煙は、美容に悪いだけでなく、不妊や流産、早産、乳幼児の突然死の原因となったり、閉経後の骨粗しょう症、大腿骨骨折の誘因にもなったりします。また、喫煙者は吸わない人の約2倍、認知症になりやすいという報告もあります。
 たばこの煙は、たばこを吸う人が直接吸い込む「主流煙」と、火のついた先から立ち上る「副流煙」に分かれます。この副流煙を、自分の意思とは関係なく吸い込んでしまうことを「受動喫煙」といいます。煙を周囲の人が吸う受動喫煙は、喫煙者と同様の疾患や健康被害のリスクがあります。
 例えば、親が喫煙する子どもは気管支喘息や副鼻腔炎(蓄膿(のう)症)になりやすくなります。また、低体重児出産は、妊娠中の母親の喫煙だけでなく、夫の喫煙もリスクになることがわかっています。
 公共の場での喫煙が周囲の人の心臓発作や喘息を引き起こす可能性もあります。では、なぜ受動喫煙は危険なのでしょうか。副流煙には主流煙と同じく体に有害な成分が含まれていて、実はニコチン、タール、一酸化炭素などの成分量は主流煙よりも多いといわれているからなのです。

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 次回はいったん、脳卒中のお話を休んで、新型コロナウイルスのワクチンについてお話します。

月号より