【 南会津・水引集落(下) 】 都会と自然結ぶ「宿」 明治期の面影

  このエントリーをはてなブックマークに追加 
明治の面影を残す家で集落唯一の民宿を営む五十嵐さん(左)

 「また世話になるよ」。夕暮れ時、旅行かばんを手にした釣り客や登山者が一軒のかやぶき屋根の家屋の中へ入っていく。水引集落で唯一の民宿「離騒館(りそうかん)」。文字通り喧騒(けんそう)を離れ、自然の中で静かな時間を過ごそうと、首都圏などから訪れるファンが後を絶たない。

 民宿を訪ねると、1人で切り盛りしている五十嵐恵子さん(63)が館内を案内してくれた。木造2階建てで7~8人宿泊すれば満室になるという。重厚な梁(はり)が天井を支え、広間には囲炉裏(いろり)があり、この家が建てられたという明治期の暮らしの面影を残す。

 五十嵐さんは「お客さんは『懐かしい』と言って感激してくれる。夫と暮らしたこの家を大切に残し、自然と向き合う暮らしの魅力を都会の人に伝えたい」と言葉に力を込めた。

 千葉県出身の五十嵐さんは、東京での会社勤め時代に趣味の登山で訪れた南会津町で、自然保護活動をしていた夫の敏雄さんと出会った。山を通じて意気投合した2人は1993(平成5)年に結婚し、水引集落の敏雄さんの生家で新生活を始めた。しかし4年後の97年、敏雄さんは交通事故に遭い、50歳の若さで帰らぬ人となった。

 途方に暮れながらも五十嵐さんは、まだ幼かった長男と次男の子育てを両立させて収入が得られる暮らしの在り方を考え、自宅を活用した民宿経営を思い立った。当時はトタンだった屋根をかやにふき替えるなど準備を進め、2000年にオープンにこぎ着けた。集落近くには尾瀬国立公園内の名峰・田代山や、渓流釣りに適した清らかな沢が流れる自然豊かな環境もあって、宿泊客は徐々に増えていった。子どもの部活動の送り迎えをしてくれる宿泊客もいて、五十嵐さんは「お客さんに助けられながら何とかやってこられた」と目を細めた。

 集落のお年寄りたちは「素通りされてしまうような集落だったけれど、恵子さんが民宿を始めてから活気づいた」と喜ぶ。五十嵐さんが生活のために始めた離騒館は、今や都会と集落をつなぐ懸け橋として欠かせない存在になっているようだ。

 ◆新風入れ守る

 五十嵐さんは集落の事務局を務め、里山集落の再生を目指す活動を展開している東京都のNPO法人いろりと連携し、数年前から離騒館を含め7軒あるかやぶき屋根の家並みの保存にも取り組んでいる。首都圏の住民らに屋根の材料となるカヤを刈ってもらう体験ツアーを実施し、屋根の維持に役立てる試みだ。今年は11月上旬にツアーを実施する予定という。

 「新しい風を吹かせないと集落がなくなってしまう」。亡き夫が生まれ育ち、愛した古里を守り抜く決意を語ってくれた五十嵐さんのまなざしは力強かった。

 ≫≫≫ ちょっと寄り道 ≪≪≪

 【湧軟らかで雑味のない清水】水引集落の入り口近くを流れる沢沿いには、こんこんと湧き出る清水で満たされた、石造りの水がめがある。地元では清水場と呼ばれ、集落の鎮守神をまつった神社の御手洗(みたらし)用と、住民の飲料水として今も利用されている。清水場にはコップが置かれており、観光客も飲むことができる。軟らかで雑味のない味わいが特徴だ。

〔写真〕湧き水をたたえる清水場