【復興の道標・自立-5】民間病院「見殺しか」 使われていない病院、負の遺産

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患者のカルテを捜しに、今村病院を訪れた石沢さん。病院の再開と移転への道筋はまったく見えない

 「病院建物の改修に5億円、解体にも4億円の費用が想定されます。再開・移転に関しては断念せざるを得ない状況です」。休止中の今村病院(富岡町)を運営する医療法人社団邦諭会常務理事の石沢弘幸(58)は8月、厚生労働副大臣に提出した文書に窮状をつづった。

 病院は東京電力福島第1原発から約9キロ南に位置する。5階建て延べ床面積4900平方メートル。1991(平成3)年に約20億円かけて建設した。

 現在、借地料年520万円のほか維持費がかかっている。「賠償が終われば維持できなくなる」。石沢は不安を語る。

 震災と原発事故で休止に追い込まれ、石沢ら役員だけ残り、職員は解雇。開院時の借入金12億円が残った。

 「将来性のない企業さんには、これ以上の支援はできません」。2011年4月、借入先の一つ、都市銀行の支店長は石沢に告げた。自己破産が頭をよぎった。「長年地域医療に携わってきた人間なのに、見殺しにされるのか」

 東電の賠償が始まると、そのほとんどは、借入金の返済と税金の納付で消えていった。

 第1原発20キロ圏内では同病院を含め、小高赤坂(南相馬市)西(浪江町)双葉厚生(双葉町)県立大野(大熊町)双葉(同)の6病院が休止中だ。避難指示解除に合わせて病院を再開させようとしても、どの程度の住民が戻るのかが不透明で経営面で不安が残る。スタッフ集めも大きな課題だ。

 よぎる「民」の限界

 今村病院は町立の診療所の診療業務を受託することで、再起への足掛かりとすることにした。富岡町には「17年4月帰還開始」との目標がある。開始に先立って来年10月、同病院近くに診療所が完成する予定だ。以前、今村病院で働いていた看護師らを呼び戻す。将来的には診療所を払い下げてもらい、再スタートすることも視野に入れている。

 自立に向け歩みを進める今、使われていない病院の建物が法人にとって大きな「負の遺産」となっている。

 「できればここで再開したいが、民間にそんな金はない。やっていけるのは公立病院くらいだ」。石沢の頭に「民」の限界がよぎる。

 10月、事業再開を支援する「福島相双復興官民合同チーム」の担当者が訪ねてきた。石沢は言った。「病院の建物、行政で買い取ってくんにがなあ」

 「そんな。ははは」。担当者は笑うのみだった。(文中敬称略)

 (2015年12月3日付掲載)