住民が生きた「証し」 "希望の象徴"南相馬・鹿島の一本松

 
住民が生きた「証し」 

鹿島の一本松に触れながら「亡くなった人にも生きている人にも特別な存在」と話す五賀さん=南相馬市鹿島区

 東日本大震災の津波で行政区の全70世帯が流失、54人が亡くなった南相馬市鹿島区南右田の沿岸部に、津波に耐え、空高く幹を伸ばす一本の松がある。「鹿島の奇跡の一本松」。区長の五賀和雄さん(73)は「ここに住民が生き、南右田があった証し」と表情を和らげる。

 南右田に約3キロ続いた松の防潮林は、津波にのまれて十数本が点在するだけとなった。根元まで海水を浴びた松は今年7月の樹木医の診断で、一本松を残して全て枯れていることが分かった。残った松は高さ約30メートル、幹回りは約2.5メートル。遮るものがなくなった平野で吹き荒れる強風にも、たった一本で耐えてきた。鹿島区の地域協議会で「奇跡の一本松」として保存する意見が出され、今年9月には一本松を守る会が発足。五賀さんが区長として会長を務め、保全の方法を模索している。

 南右田地区はほぼ全域が住居の新設を禁じられる災害危険区域に指定され、行政区の復活は見通せない。市内の仮設住宅で暮らす住民も、防災集団移転や避難で今後、離れ離れになる可能性が高い。

 だからこそ、津波にも耐え力強く根を張る松は「南右田の希望の象徴」。五賀さんは「亡くなった人にも、生きている人にも、地域のつながりを思い出させる特別な存在だよ」と目を細める。

 「あの日」から1000日近くが過ぎ、震災と原発事故の風化を懸念する声は一層強まっている。五賀さんは「県内外に一本松を発信し、震災の記憶をとどめるきっかけにしたい」と語った。