それぞれの"決断" 住職の猪狩さん、「供養絶やさぬ」使命

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津波犠牲者を慰霊する「施餓鬼柱」を見つめる猪狩さん。「供養を絶やさないことが使命」と決意する=いわき市平薄磯

 津波で被災したいわき市の薄磯地区。がれき撤去が進み、住宅があった場所は痕跡を残して野原と化している。地区で唯一の寺院修徳院(しゅとくいん)には、犠牲者を慰霊する「施餓鬼柱(せがきはしら)」が建つ。住職の猪狩弘栄(こうえい)さん(44)は「震災で負った心の傷は癒えることはない。亡くなった人の供養を絶やさないことが、遺族のためにできること」と決意を込めた表情で話す。

 同地区生まれの猪狩さん。夏にはおにぎりだけを持って海で一日遊んだ。潮の香りの漂う薄磯が誇りだった。「普段は穏やかな海。どうして」。檀家(だんか)の多くも津波の犠牲になり、猪狩さんは今もやりきれない思いでいる。

 「遺骨はどうする」。行方不明者の捜索が進むと問題が浮かび上がった。家がない、寺も被災して使えない。遺骨は隣の地区の寺に預かってもらった。四十九日は他の寺に世話になった。震災から100日目は豊間小で合同供養祭を行った。被災した寺を改修、一周忌は修徳院で迎えた。ようやく納骨を済ませ、ほっとした様子の檀家もいた。

 被災者の思いはさまざまだ。寺で墓参りをした後、かつて自宅があった跡を見つめる人がいれば、つらいことを思い出すため「薄磯には来たくない」と言う人もいる。妻子を亡くし「夜眠れない」と明かす男性もいた。それ以来、猪狩さんは男性と会っていない。

 寺を高台に移すことを勧める声もあった。しかし法事になれば家族や親族がみんな集まる。近くの高台に適当な場所がないこともあり、改修にとどめた。「寺を心のよりどころにしてもらえれば」猪狩さんは、寺を訪れる人がいる限り、亡くなった人を供養し続けるつもりだ。

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