【学石センバツへ】町民とOB、待ち望んだ伝統校の復活

 
1999年夏の福島大会決勝で、日大東北に逆転サヨナラ勝ちして甲子園出場を決めた学法石川。以来、甲子園から遠ざかっており、町民や関係者は復活を心待ちにしていた(学法石川高野球部史より)

 学法石川はこれまで夏9度、春3度、甲子園に出場して歴史を刻んできた。1999年夏以来、春夏通じて25年ぶりとなる聖地への切符をつかみ、地元の石川町の町民や野球部OBは伝統校復活に沸いている。

 学法石川は故柳沢泰典さんが監督を務めた75年秋に東北大会で優勝し、76年春に初めて甲子園の土を踏んだ。83年夏に2勝を挙げるなど80、90年代には甲子園常連校として知られた。

 プロ野球オリックス、ロッテで投手として活躍した川越英隆さん(50)は91年に春夏連続で勝利を挙げた。前年夏に福島大会で敗れた悔しさが原動力だったといい「何としてもセンバツに出たいと必死に練習した」と振り返る。

 現在ソフトバンクで4軍投手コーチを務める川越さんは柳沢さんから教わった「苦の中に光あり」という言葉を支えに野球人生を送ってきた。「全国のレベルを痛感しながら、それを超えたいという向上心がプロ人生や引退後の指導に生かされている」と言い切る。

 東京都内の法律事務所で代表弁護士を務める古橋夏樹さん(41)=塙町出身=は同校が最後に甲子園に進んだ99年夏、5番二塁手のレギュラーだった。日大東北との県決勝を制して夕暮れ時に石川町に戻ると、通り沿いに詰めかけた大勢の町民に出迎えられた。「『おめでとう』と言ってくれる人たちの姿を見て、自分たちを支える人の多さを実感した」と懐かしむ。

 古橋さんは母校の晴れ姿を現地観戦したいと思い描く。「後輩が甲子園でプレーする姿を見たい。一人一人が貴重な体験を今後につなげてほしい」と激励する。

 町民は長年、学法石川が再び聖地に舞い戻る日を待ち望んできた。学校から徒歩5分のスポーツ店「ヤマザキスポーツ」の山崎晃(ひかる)さん(53)は「昔から石川の野球熱は高い。学石が甲子園に出ると町が活気づく」と話す。

 生徒が通学で行き交う店の正面には「学法石川野球部 春の選抜高校野球大会出場おめでとう」の真新しい文字が躍る。山崎さんは「選手の頑張りが地元の力になる」と目尻を下げた。

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