「フォントの日」 タイプデザイナーに聞く...世界観生み出す仕事
きょう4月10日は語呂合わせで「フォントの日」。フォントは活字のセットのことで、その造形が印刷物やデジタル画面表示のデザインの印象を大きく左右する。デザインソフト開発会社アドビで日本語フォント開発を担当しているタイプデザイナー西塚涼子さん(51)=いわき市出身=に、フォントの作り方や仕事へのこだわりを聞いた。
広告、出版物、ウェブやゲーム、商品パッケージなど、さまざまな場面で、時代の空気をまとった文字が常に求められている。そのニーズに応える書体を提案するのが、西塚さんの仕事だ。「フォントはファッションに近いんです。『ひとつあるからもういらない』というわけではない。『声』を伝えるのがフォントの役目です」。西塚さんが言葉を続ける。「日本語フォントは多いのでもう作らなくていいのでは? と言われることもありますが、開発を止めることは日本語を殺すことと同じです」
1997年にアドビに入社し、今は最上位タイプデザイナーとして、若手デザイナーとデジタル技術開発者らでつくるチームを率いる。「アドビの日本語フォントは1セット約1万~6万5千字ほど。デジタル画面で正しく作動するかなど、テストを重ねながら、数年かけて開発します」。明朝の新書体は筆で納得するまで何度も書き、デザインソフト「フォトショップ」などに取り込んでさらに細部の調整を加える。一日あたり8~9時間かけて20~40文字を書きためていき、一つのフォントセットが完成する。
※写真=藤原定家の書を参考に生まれたフォント「かづらき」。「卒業制作から今も続いているライフワークです」と西塚さん
これまでに手がけたフォントは10近く。明朝体の先端を丸め、やや太めにして躍動感を持たせた「貂(てん)明朝」、日本・中国・韓国で共用するためグーグルと共同開発した「源ノ角ゴシック」などのほか、友人の画家ヒグチユウコさんの作品に登場する、特徴的な文字やイラストをフォント化した「ヒグミン」など、遊び心あふれる作品も人気だ。キリンが新発売したビール「晴れ風」の文字は、貂明朝をアレンジしたものが使われている。
絵を描くことが好きで、磐城女子高時代は美術部で活動した。「同級生は法学部や経済学部など志望を固めていくのですが、自分は受験と将来がつながらなくて。『消去法』(笑)で美大がある! と選びました」と、進路選択の理由を明かす。
フォントに興味を持ったのは、グラフィックデザインを学ぼうと武蔵野美大造形学部視覚伝達デザイン学科に進学してから。「自分が書いた文字がコンピューターの画面に現れ、並べ替えると言葉になり、製品につながっていくことが面白い」と、文字の魅力に気づいた。「文字が得意な人になろう」と決め、フォントを専門に。卒業制作で藤原定家の書をモチーフにした斬新なフォントを発表した。この書体は後にアドビから発表したフォント「かづらき」の原型だ。卒業後は働きながらフォントコンテストで受賞を重ね実績を積んだ。
今年のフォントの日には、昭和レトロな表現に適した、最新作フォント「百(もも)千鳥(ちどり)」を発表する。文字の縦横、太さを自在に変えられる日本語のバリアブルフォントで、実現までに約15年かかった力作。「今までできなかったレイアウトができるようになる」と、利用者の反応に期待を寄せる。
タイプデザイナーの仕事を言い表すと? の問いには「継続です」と即答。「26年仕事をしてきたからこそ、百千鳥のような複雑な構成のフォントを作ることができるようになった。筋トレみたいなものです」と笑う。今後のプランは「筆文字の新しいフォントや、卒業制作から続いている『かづらき』フォントのさらなる拡充に取り組みたい」とやりたいことが山積みだ。
きょうのフォントの日に合わせ、多くの人がフォントについて考えてくれたら、と西塚さん。「フォントは世界観そのもの。もしいつも同じフォントを使っているなら、思い切って違うフォントに変えてみると、全く印象が変わって見えると思います。どんなフォントがあるのか、フォントの日をきっかけに見てみるのもおすすめです」
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にしづか・りょうこ アドビプリンシパルデザイナー。いわき市出身。磐城女子高、武蔵野美大卒。1997年アドビ入社。「小塚明朝」「小塚ゴシック」などの開発に携わった後「貂明朝」「源ノ角ゴシック」などを手がける。休日は書道や「フォントがいい」というゲーム「スプラトゥーン」を楽しむ。常にフォントが気になり「本を読んでもフォントに目が行き内容が入ってきません(笑)」。いわき市にもたびたび帰省している。「先日はメヒコに行きました」
◎この記事の見出しには西塚さんが手がけたフォントを使用しています。【アドビタイプデザイナー=ヒグミン、西塚涼子さん(いわき市出身)=貂明朝アンチック、世界観を生み出す仕事=貂明朝テキスト、きょう「フォントの日」=源ノ角ゴシック、声伝える役目=源ノ明朝、筋トレのよう=りょうゴシック】
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