【 楢葉・木戸の交民家 】 また笑顔で集まれる 築70年...手作業修繕
楢葉町南部の木戸。築70年の趣ある古民家に、稲刈りを終えた人たちが次々に吸い込まれていく。集まったのは県内外の約70人で、居住地も職業も年齢もさまざま。泥んこの子どもたちは、おやつの手作りプリンを口に運ぶと、笑みがこぼれた。
JR常磐線の木戸駅から北東側の中心部は江戸時代に宿場町として栄え、今も街並みが残る。一方、サッカートレーニング施設として再生計画が進むJヴィレッジ周辺は丘が多く、山城の楢葉城があった中世の名残を感じさせる。古民家がたたずむのは、その境目だ。
住民の穏やかな暮らしを奪った2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故。町のほぼ全域に避難指示が出され、集落から一時、住民の姿が消えた。Jヴィレッジは原発事故の対応拠点に変貌を余儀なくされた。
「地域に戻って暮らす人、外から仕事で来た人、ボランティアの学生らが気軽に集えるような場所を木戸に取り戻したかった」。古民家を核とした交流プロジェクトを立ち上げた緑川英樹さん(32)は、充実した様子で古民家を見渡した。
石川町出身で福島市在住の緑川さんは被災地復興への思いを募らせる中で「浜通り、双葉郡について知らないことが多すぎた」と地域に飛び込もうと決心した。空き家バンクで古民家と出合い、避難指示解除から1年後の昨年9月に修繕を着手。傷んだ建物を手作業で修繕しながら、月1回ほどの交流会を重ねるうちに仲間の輪が広がっていった。
◆新しい絆結ぶ
震災と原発事故から6年7カ月。町内のあちこちで建物の解体が相次ぎ、古き良き古里の風景は失われつつある。しかし、古民家はきれいに生まれ変わり、歴史をつないだ。そして、共に新しい絆を結ぶという願いを込めて「木戸の交民家(こうみんか)(Co―minka)」と命名された。緑川さんら30代の若者が中心となり、管理運営に当たる団体「りきっど。(Re:Kido!)」も結成。名前の由来は「木戸を再生させたい」という思いからだ。
交民家を拠点に今年5月から始まった試みがコメ作りだった。震災の津波で被災した沿岸部の田んぼを借り、有志が昔ながらの手植えに挑んだ。水田を提供した松本淳さん(37)は津波で自宅を失ったことが契機となり、小型無人機「ドローン」で古里の風景や解体前の家屋を空撮し、被災者に寄り添った記録を残す活動に熱を入れている。稲刈りの様子も撮影し「人が集まり、笑顔にあふれたことがうれしい。楢葉の今を知ってもらうきっかけになった」と手応えを口にした。
「りきっど。」の一員で福島第1原発の廃炉を巡る学習活動を展開する「AFW」代表理事の吉川彰浩さん(37)は、交民家での展望を熱っぽく語る。「この地域に関わる人たちが立場の垣根を越え、顔の見える関係性をつなぎたい」
≫≫≫ ちょっと寄り道 ≪≪≪
【住民と作業員交流の場所に】Jヴィレッジセンターハウスから北側に300メートルのスナック・小料理屋「結のはじまり」。交民家での活動が縁となって移住した千葉県出身の古谷かおりさん(33)が切り盛りする。「地元の住民と復興事業の作業員が外で会ってあいさつする関係づくりのきっかけにしたい」。季節の晩酌セット1500円。月、火曜日定休。営業時間は午後5時~同10時。
〔写真〕小料理屋「結のはじまり」を切り盛りする古谷さん
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