【知事選・福島のこれから】処理水の海洋放出「知事も発信を」

 
海洋放出に向け工事が進む海底トンネル=9月

 東京電力福島第1原発の廃炉の進展を左右する処理水の処分を巡り、政府は来春にも海洋放出を実施する方針だ。政府と東電は「理解を得るために最大限努める」と説明会を重ねるが、新たな風評の発生を懸念する漁業関係者は「断固反対」の立場で、住民の理解醸成も途上だ。「健康や環境に影響を及ぼさないことなど科学的に明らかな部分については情報発信を進めてほしい」。原子力規制委員会の前委員長更田(ふけた)豊志氏(65)は、より県民に身近な立場の知事や県による情報発信の効果に期待を寄せる。

 政府は昨年4月に海洋放出方針を決定して以降、処分方法や安全確保対策などについての説明会を700回以上開いたとする。今年8月に改定した風評被害対策や賠償に関する行動計画では、漁業関係者や住民との「対話の深化」を目指す車座対話に臨む姿勢も強調し、広報の強化に躍起だ。

 だが、福島第1原発周辺の自治体職員は「加害者である東電や原発利用を進めてきた国がいくら『安全です』と訴えても、不信感を抱く住民には響かない」と政府や東電の説明の効果には限界があると指摘する。

 知事選で3選を果たした内堀雅雄氏は、これまで政府側に「丁寧で十分な説明を」と繰り返し求めてきたものの、自ら処理水の性質などについて言及する場面はほぼ見られず、理解醸成に向け国が前面に立った対応を求める姿勢を貫いている。

 更田氏は「(海洋放出に関して)意見が大きく分かれており、知事や県がどちらか一方に偏った姿勢を示すことは難しい」と公平な県政運営が求められる知事の立場に理解を示す。一方で更田氏は、独立性や科学技術に基づく中立的な判断が要求される規制委の委員長を5年間務める中で、海洋放出方針を巡り、健康や環境への影響について審査を重ね「基準が守られる限り影響を及ぼすことはあり得ない」との見解を公の場で示し続けてきた。

 東電の放出設備設置に向けた計画について、規制委は今年7月に「安全性に問題はない」として認可し、県と大熊、双葉両町も計画を了承したことで、放出に使用する海底トンネルなどの設備工事が本格化した。

 残る課題の「理解醸成」の先行きが不透明な中、「海洋放出は安全なのかどうか、第三者的な立場で県政トップの考えを聞きたい」(楢葉町民)との声もある。理解醸成に向け、知事の発言が求められる場面が迫っている。

 原子力規制委員会前委員長・更田豊志氏に聞く デブリ取り出し「冠水」期待

 東京電力福島第1原発の廃炉を巡っては、炉心溶融が起きた1~3号機の溶融核燃料(デブリ)の取り出しが最難関の作業となる。廃炉現場で試行錯誤が続く中、原子炉建屋を鋼鉄の構造物で囲って建屋ごと水没させる「冠水工法」が新たな選択肢に浮上した。原子力規制委員会の前委員長更田(ふけた)豊志氏は「安心して取り出すための手法ではある。ただ、しっかりと水没させられるかどうかが鍵を握る」と実現に期待を寄せながらも冷静に課題を指摘した。

 ―デブリ取り出しの課題は。
 「放射線をいかに遮りながら作業を進められるかが一番の課題だ。水には放射線を遮る効果があり、冠水工法には大きな期待を持っている。(2号機で採用される)空気中でデブリを取り出す『気中工法』よりも安全で、取り出し作業の際に放射性物質の飛散などを心配する原発周辺の住民にとっても安心できる手法だと考える」

 ―冠水工法の実現性は。
 「水密性が保たれ、耐震性のあるしっかりとした構造物を構築できるかどうかだ。水位を上げるためには建屋内にある水の抜け道をふさぐ必要がある。建屋の床にたまった汚染水にどう対応するかも課題となる。全てをくみ出して掃除(除染)することが理想的だが、現実的とは言い難い。いつかは水中で固まるコンクリートを投入する必要があるとみている。冠水工法の実現に向けては時間も費用もかかるだろう」

 ―政府、東電が目標に掲げる30~40年で廃炉は完了できるのか。
 「何をもって『廃炉が完了した』と言うのかにもよるが、30~40年でデブリや放射性廃棄物を容器に入れて安定した状態で管理する段階まで廃炉を進めるという目標は掲げるべきだと思う。現実的ではないとの批判もあるが、30~40年は(廃炉関連技術者の)プロ一世代のキャリアと重なる。その期間の中で『廃炉をやり遂げたい』という目標を掲げることは意味のあることだ」

 ―東電柏崎刈羽原発(新潟県)でテロ対策の不備が発覚するたびに、福島第1原発の廃炉作業の信頼性も揺らいでしまう。なぜ不祥事が繰り返されるのか。
 「原因を調べると、柏崎刈羽原発ではほかの原発と比べ、東電の対応があまりにもお粗末だった。(不備があった)直接的な原因を求めると『たまたま責任者がそういう人だった』と個性の問題となってしまう。東電は社風を見つめ直し、セキュリティー文化が損なわれた原因を深掘りする必要がある。(防護区域周辺などに)生体認証を取り入れるなど、セキュリティーシステムへの十分な投資も求められる」

 ―福島第1原発で発生する処理水の処分を巡り、政府、東電が目標とする来春の海洋放出開始は可能か。
 「規制委が(処理水放出設備の設置に向けた東電の)計画を見た範囲では間に合う見通しとなっている。ただ、東電は(放出で使用する)海底トンネルを掘削しており、予定通りに整備が進むかどうかが課題だ。来春の大型連休前ごろまでに(海洋放出を)実施できるかが勝負どころになる」