【知事選・福島の課題】処理水放出/農業者ら風評の拡大を憂う

 
モモの出荷作業に汗を流す曳地さん。「風評に対する対策が福島の1次産業には必要だ」と吐露する

 特産のモモが出荷のピークを迎える県北地域。「われわれが一番気にするのは風評だ。継続した対策が福島の1次産業には必要なんだ」。伊達市でモモやカキを生産する曳地一夫(64)は、丹精したモモを見つめながら、県内の生産者が抱える思いを代弁した。

 東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出方針を巡り、県は東電の放出設備設置に向けた計画を了承した。東電は了承直後に本格工事に着工。海洋放出に向けた準備が着々と進む。ただ放出には関係者や国内外の理解醸成が不可欠だ。県漁連は反対の立場を変えておらず、漁業者だけでなく多くの生産者が風評の拡大を懸念している。

 曳地は「海への影響が大きいから、中通りにはちょっと遠い話題かもしれない」としつつ「海を自分の畑や田んぼに置き換えたら、やるせない気持ちになる」と言葉を選びながら、海洋放出に反対する漁業者を思いやった。2011年3月の原発事故後、果物を作っても廃棄せざるを得ない苦渋を味わった。「もう、あんな思いはしたくない」と振り返る。

 生産者は放射性物質検査や土壌の除染など、経験したことのない取り組みを進めてきた。そんな中、県産のモモが昨年開催された東京五輪で各国選手団から好評を得た。輸入規制の緩和を追い風に、海外への輸出の動きも加速している。曳地は「福島の果物の品質は海外でも負けない。ぜひ食べてもらいたい」と世界に県産農林水産物が流通する未来を思い描く。

 処理水の海洋放出を巡っては、県が科学的根拠に基づいた情報の発信を求め、政府も責任を持った対応を取るとしている。長きにわたる廃炉工程で、原発の敷地を圧迫する処理水の処分が必要との国や東電の主張にも一定の理解を示すが、曳地は「原発も安全だと言われていた。処理水も『安全だ』と言われても、信用しきれない。何かあったときに、周りの国から拒否されてしまう」との不安は拭えない。「いつまでも反対してても前には進まないのだろうが...」

 先祖代々の土地を引き継ぎ、50年近く農業に携わってきた。「これからも何が起きるか分からない。それでも福島の土地でずっと生きていくんだ。その視点に立って考えてもらいたい」。震災や原発事故を経験した曳地は、県民のなりわいを守るための政策を望んでいる。(文中敬称略)

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 10月13日告示、同30日投開票で行われる知事選の告示まで2カ月を切った。震災、原発事故からの復興が途上にある中、相次ぐ自然災害や新型コロナウイルスの感染拡大、急激な物価高など本県を取り巻く状況は厳しさを増している。知事選を前に、本県が抱える課題を探った。