【復興の道標・賠償の不条理-6】被災企業で人材争奪 「規模拡張貢献」の思い

 
県内経済を支える製造業。補助金の要件をめぐり、従業員確保に多くの企業が苦慮する

 「大手企業に人を取られて大変だ。給料を上げて、社員旅行をやっても大手企業の待遇にはかなわないよ」。福島市で金属加工業を営む男性社長(57)は、従業員の確保に頭を悩ませる。仕事を続ける上での最低限の従業員は維持できているが、男性の会社には新規雇用に関する「ノルマ」が行政から求められている。

 ノルマは、交付額に応じて一定の新規雇用を達成するというもので、県が震災後の2012(平成24)年1月に設けた「ふくしま産業復興企業立地補助金」を受ける際に、企業側が求められた要件の一つだ。賠償金以外にも多くの補助金が県内経済に投入された。人手不足の背景には、被災した企業同士が従業員確保にしのぎを削る現実もある。

 立地補助金は、限度額が200億円で、補助率が3分の2以内という前例のない優遇制度に、県内の大中小問わず、多くの企業が飛び付いた。企業の県外流出阻止、雇用創出に向けた県の重要施策だった。

 男性は1億円超の補助金を受け、金属加工の機械4台と新工場を増設した。12年夏の段階で求められた5人の新規雇用については、退職自衛官らを雇用する形で確保できた。技術も経験もない新入社員を雇用し、根気よく技術指導を続けた。しかし、ようやく「戦力」になりかけた矢先に突然、辞表を出された。理由は、より待遇の良い近隣の大手企業への転職だった。

 大手企業は100億円超の企業立地補助金を受け、工場を新設したことで100人以上の雇用のノルマがあった。「除染作業員が1日1万円ももらえる状況もあるし、大手企業に本気で引き抜かれたら太刀打ちできない」。男性は嘆く。

 県は立地補助金について、15年12月22日現在で446社を指定、総額約1996億円の交付を決めた。「補助金で新・増設した大手と地元企業との取引も出てきた」。県企業立地課長の新関勝造(55)の言葉には、地元企業の規模拡張に貢献しているとの思いがにじむ。ただ、雇用をめぐる問題には「光があれば影がある。(引き抜きは)全くないわけではないと思う」と話す。

 金属加工業の社長は、退職で出た雇用者枠の不足分を今春の新規高卒者の採用で補う。ただ、またいつ従業員に辞められるのかという不安に駆られる。「震災後に会社と従業員の生活を守るために申請した補助金だったけどね」。補助金要件の対象外となるが、夏には外国人3人を雇う予定だ。雇用確保に苦慮する日々は続く。(文中敬称略)

 (2016年3月9日付掲載)