【処理水の波紋】全国に禁輸のあおり 宮城と岩手、一部魚種下落

 
禁輸でアワビの取引価格が低下したが「影響は想定よりもない」と話す岩手県漁連の大井会長。トラブルのない放出を強く求めた

 「今後どうなってしまうのだろうか...」。東京電力福島第1原発からの処理水海洋放出を受けた中国など一部の国・地域による日本産水産物の禁輸措置。本県での影響は少ないが、近県の漁業者は大きなあおりを受けている。ホタテやアワビなど一部の魚種で価格の下落が見受けられ、規制撤廃の先行きも依然として不透明なまま。本年度の放出が"安全"に終わってもなお、県外の漁業関係者は不安を拭えないでいる。

 ホタテの養殖が盛んな宮城県。中国などの禁輸により大口の販売先が失われた結果、国内向けがだぶつき、価格の低下が長引いている。「養殖をやめる人も出てくるかもしれないな」。石巻市の漁師渥美政雄(46)はそうこぼす。

 利益ほとんどない

 渥美によると、昨年8月に処理水の海洋放出開始以降、1キロ600円ほどだった価格は同400円台にまで下落した。北海道から仕入れる養殖用の稚貝の高騰など費用負担も増え、利益はほとんどない状況という。

 東電は、風評被害や禁輸に伴う利益の低下分について、速やかに賠償する方針を示してきた。東電によると今月13日現在、請求書を受けた約310件のうち、約50件に対して約53億円の支払いを終えた。大半が禁輸措置を受けた損害に対する賠償だ。渥美もまた東電との交渉のテーブルに着き、価格低下分について4月にようやく1度目の賠償が支払われる見通しだ。

 処理水の海洋放出を控え、漁業者が懸念したのが、風評の再燃だった。政府は「常磐もの」と「三陸沖」の水産物の消費拡大キャンペーンを展開するなどの対策を講じてきた。岩手県漁連会長の大井誠治(89)が「実のところ、影響は想定よりはない」と評価するように、放出から半年以上が過ぎても国内では風評被害はほぼ確認されていない。

 「何より事故なく」

 岩手県でほぼ全ての組合員が水揚げしているというアワビは、禁輸の影響で最大で半値まで落ち込んだという。ただ、「正直、組合員が廃業の危機にあるとは聞いていない」とも話す。本年度に予定されていた約3万1200トンの放出は終わったが「何より今後も事故なく、だ」。大井は何度も繰り返した。

 処理水を巡る賠償が本格的に始まる中、ある漁業関係者は「賠償をもらいたくて漁をやっているわけではない」と胸の内を明かす。震災と原発事故から丸13年となった今月11日。首相の岸田文雄は福島市で記者団に改めて強調した。「科学的根拠に基づかない規制は決して認めることはできない。政府一丸で規制の即時撤廃を働きかける」(文中敬称略)