【5月9日付編集日記】糸電話

 

 互いを思う気持ちを深めたのは糸電話だった。室井滋さんの絵本「会いたくて 会いたくて」(小学館)に登場する少年は、施設にいるおばあさんに会いに行ってはいけないと、家族から言われている。理由は示されていないが、新型コロナの面会自粛といった具合だろう

 ▼心配でたまらない少年は施設へと向かう。幸い元気な様子のおばあさんが3階にある自室の窓から下ろしたのは、糸電話。ぴんと張られた糸を伝い、互いの言葉が行き交う中、少年は人を思う心の大切さを教わる

 ▼水俣病の被害者側の発言が途中で遮られた問題を巡り、伊藤信太郎環境相はきのう、当事者に直接謝罪した。伊藤氏との懇談で、苦しみながら亡くなった妻への思いを語っていた男性は、持ち時間の3分を超えたとして、環境省の職員によりマイクの音を切られた

 ▼懇談は患者や被害者が、水俣病の現状などを国に伝える貴重な機会だった。それにもかかわらず、持ち時間や伊藤氏の日程の都合などを理由に発言は遮られた

 ▼しゃくし定規のような環境省の対応で切れた対話の糸が、修復に向かっていくと思いたい。再び切れぬよう、固く結び直す。それなしに被害者の声をすくい上げることはできない。