【まち食堂物語】お食事処桜味・下郷町 家族3人チームプレー

 
テル子さん(中央)、拓哉さん(右)と一緒に作った注文の定食や丼物をカウンターで受け取る義喜さん(永山能久撮影)

 思い切った決断

 下郷町役場から車で数分の場所で、下郷中など文教施設にも近い「お食事処 桜味(おうみ)」は、人気メニューの半チャンラーメンなど料理の種類が豊富だ。渡部テル子さん(74)、夫義喜さん(77)、三男拓哉さん(41)の家族3人によるチームプレーで、客席に次々と注文の品が運ばれる。時折、客とのやりとりでテル子さんの甲高い笑い声が響き、店内はにぎやかになる。

 創業は1984年。都内で保育の仕事に携わっていたテル子さんが父の病気を機に地元の下郷に帰ってきた。実家は食品関係の仕事をしていて親族には食堂を経営している人もいた。「自分にもできるはず。年を取ってからではできないので今しかない」。テル子さんは金融機関から創業資金を借り入れ、食堂を新築した。この時、35歳だった。当時、町役場に勤務していた義喜さんは「思い切った決断だとは思ったが、独立して仕事をするのもいいものだと感じ、応援することにした」と振り返る。

 テル子さんとお手伝い2人の計3人で営業を始めた。当時、食堂近くには電子部品や縫製、土建の会社などが立ち並んでいた。会社の昼休憩になると「お客さんが『ワーッ』と押し寄せる感じだった」とテル子さん。食堂の1、2階で計70席ほどあるが、1階だけでは間に合わず2階に上がってもらったこともしばしばあった。やがて「バブル景気」が終わり、周囲の企業の撤退も進んだが、食堂は常連客やバイクのツーリングの観光客などであふれた。

 都内の大学を卒業し、都会のラーメン店や洋食店で働いていた拓哉さんには「いつかは自分の飲食店を持ちたい」との目標があった。しかし、新型コロナウイルス禍の影響で雲行きが怪しくなっていた。客足は遠のき、時短営業も余儀なくされた。そんな時に両親の言葉が背中を押した。「私たちもそろそろ終わりだから、下郷に帰ってきて(食堂を)やってみないか」

 昨年2月から主に家族3人で店を切り盛りしている。こだわりは自家製チャーシュー。国産豚バラ肉を大鍋で3時間ほど煮込み、味を調える。ソースカツに使うソース、冷やし中華に用いるタレも自家製なのが特徴で、豊富なメニューの味を支えている。

 顔見れば分かる

 食堂歴約40年の蓄積は大きい。テル子さんは「常連客の顔を見れば何を注文するか分かる」と言う。店が混み合う時は、客が店の駐車場から出てきた段階で調理を始めることもできる「離れ業」だ。店が大切にしている、もう一つは「出前」。創業以来、個人宅に料理を届け続けている。「高齢者は足に困ることが多い。店に来ることができない人のためにもなる」。最近になり出前の重みも増してきた。

 橋坂、水門、姫川、林中...。出前の注文を受ける時に使われる地名の数々だが、下郷町では現在、存在しない大字名だという。それでもテル子さんは「昔の地名のほうが分かりやすい」と顧客のニーズに応える。拓哉さんは「お客さんが支持する料理はそれぞれ。これまでの味を大切にしつつ新規開拓もしたい」と意欲満々だ。地元で長く愛されてきた桜味の味は絶やさない。(富山和明)

お店データ

230716syokudo021.jpg国道121号に面した「お食事処 桜味」。仕事や観光などの合間に立ち寄る客は多い

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【住所】下郷町中妻字大百刈73

【電話】0241・67・2974

【営業時間】
午前10時30分~午後7時

【定休日】不定休

【主なメニュー】
▽ラーメン=700円
▽チャーシューメン=900円
▽みそラーメン=750円
▽タンメン=750円
▽半チャンラーメン=1050円
▽冷やし中華(夏季限定)=800円
▽肉しょうが焼き定食=1100円
▽ソースカツ丼=900円
▽カツカレー=1000円
▽鶏のからあげ定食=950円

machisyokudo3.jpg人気メニューの(左から)肉しょうが焼き定食、ソースカツ丼、半チャンラーメン

 「桜木」から一文字

 店名の由来はテル子さんの旧姓「桜木」にちなみ、一文字もらっている。

 桜木家は、県内有数の観光地として知られる大内宿(下郷町)の高倉神社にまつわる伝説に登場する「桜木姫」の墓を管理していた。墓は大内宿の近くにある。テル子さんと拓哉さんは「墓の存在はあまり知られていないけれど、それもさみしい。大内宿を観光して時間に余裕がある人はぜひ立ち寄って見てほしい」と話している。

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 NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画

 まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。