【 南会津町・湯ノ花温泉 】 生活溶け込む社交場 家庭の風呂の役割
小雨模様の中、南会津町田島から舘岩方面に車を走らせる。峠道では、木々の葉が雨の滴でより緑色を深くしていた。訪ねたのは、山懐に抱かれた清流湯ノ岐(ゆのまた)川の流れる湯ノ花温泉。川沿いには共同浴場や温泉、民宿などが点在している。今回は共同浴場「湯端(ゆばた)の湯」につかることにした。
湯ノ花温泉は、約700年前の鎌倉時代に発見されたとされる。湯ノ岐川沿いに、「湯端の湯」「天神の湯」「弘法の湯」「石湯」という四つの共同浴場がある。「天神の湯」と「石湯」は混浴だ。入浴券は近くの商店や民宿で購入でき、200円。当日は全ての共同浴場を利用できる。
最も古い湯という「湯端の湯」は四つの中で上流に位置する。施設の裏山には温泉神社がまつられ、山の斜面から源泉が湧き出す。湯船は三つ。男湯、女湯と地元住民用に分かれている。男湯にはすでに釣り客が入っており、湯船で釣り談議に花を咲かせていた。
いざ、川の岩を利用したという湯船につかる。「んんー」。なかなか熱いのだ。45度以上はありそう。しかし、不思議なことにビリビリと肌に突き刺すような感じはない。無色透明な単純泉は弱アルカリ性のため、とても柔らかい。湯上がりは、かえってさっぱりと、いささか肌がスベスベとしたようだ。
地区内で民宿「ふじや」を営み、源泉の管理を行っている大山佳伸さん(65)は「もともと住民が、家の内湯のように使ってきた」と話す。スキー客などがなかった40年ほど前までは、どの家にも内風呂はなく、共同浴場が家庭の風呂の役割を果たしていた。ふじやの女将(おかみ)、澄子さん(66)は「温泉は生活の一部で、地域の人を結ぶ宝」と紹介してくれた。「若いころは、混浴はいやだろうと、隣近所の人が子どもたちをお風呂に連れて行ってくれたこともあった」と、懐かしむ。
「湯端の湯」から約500メートル下流にある「石湯」は秘湯中の秘湯だ。湯ノ岐川に架かる木製の橋を渡ると川べりに大きな岩のめり込んだ小屋が見える。小屋の中の浴槽は川床の岩をくりぬいて造られており、近くの源泉から温泉が注がれている。大水の時は川にのまれてしまうこともあるという温泉だ。
◆米沢藩士の悲恋
古くから住民が守ってきた温泉地。さまざまな旅人が訪ねた。幕末には、戊辰戦争で会津藩をはじめとする徳川幕府のために奔走した米沢藩士、雲井龍雄がしばらくの間、投宿したと伝わる。雲井には宿の娘とちぎりを交わしたものの、政府転覆を企てたとして、処刑され、娘の元に帰ってくることはなかったという悲恋の物語がある。宮川左近の浪花節「恋の雲井龍雄」として残っている。
人々の生活の中で脈々と受け継がれてきた温泉。今度はゆっくりと泊まりながら、共同浴場巡りや地域の人たちとの交流を楽しみたいものだ。
【メモ】湯ノ花温泉「湯端の湯」=南会津町湯ノ花1229。入浴は午前6時~午後10時。料金は200円。年中無休。
≫≫≫ ほっとひと息・湯のまちの愉しみ方 ≪≪≪
【「農民歌舞伎」上演された舞台】共同浴場巡りのほか、地区内の散歩もおすすめ。湯ノ岐川沿いで森林浴をしたり、「湯端の湯」近くの白糸の滝など、豊かな自然を満喫できる。また、地区の中心部にある大嵐山と湯ノ倉山への登山口を少し登ると二荒山神社がある。杉の木立に囲まれた神社の境内には、1889(明治22)年に建てられた湯ノ花舞台がある。町の重要民俗文化財として指定を受けており、戦後まで農民歌舞伎が上演されていたという。境内の静寂に心を落ち着け、かつての舞台のにぎわいに思いをはせるひとときは、山里にある湯ノ花温泉ならではの楽しみ方だ。
〔写真〕集落高台の二荒山神社境内に設けられた湯ノ花舞台
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