【 石川町・片倉温泉 】 安らぎの『非日常感』 弘法大師ゆかりの湯

 
源泉に含まれるラジウムの効能で体の芯まで温まる薬師の湯。露天風呂は片倉家ゆかりの千人風呂をイメージして造られた

 秋も深まり肌寒くなってきた。温泉が恋しい季節だ。石川町のJR磐城石川駅から徒歩5分。商店や住宅が立ち並ぶ中心街から一歩入り、川を渡って坂を上った小高い場所に数寄屋造りの旅館が見えてくる。

 約1000年前、弘法大師が源泉を掘り当てた、との言い伝えのある由緒ある温泉だ。普段から取材で町内を歩き回っているが、こちらの来訪は初めて。少し緊張しながら門をくぐると、3代目の田中誠一さん(34)が優しい笑顔で出迎えてくれた。

 歴史ある温泉は時代とともに変遷してきた。古くからは老夫婦が五右衛門風呂と囲炉裏(いろり)を設け、素朴な憩いの場として地元から親しまれていた。すると昭和の初め、旧片倉財閥のオーナーが気に入り、片倉製糸の別邸・保養所として使用された。その後、田中さんの祖父が疎開をきっかけにここを受け継ぎ、旅館を始めたという。1987(昭和62)年に全面改築され、純和風の数寄屋造りと傾斜を利用した和風庭園のある今の姿になった。

 ◆癒やし受け継ぐ

 早速湯につかった。「体の芯まで温まって、上がってもぽかぽかしますよ」と田中さんが教えてくれた。弱アルカリのラジウム泉で、神経痛やリウマチなどに効能があるとされるお湯は、熱すぎず、ぬるすぎずちょうど良い湯加減でしばらく入っていられそうだ。次は露天風呂に向かう。湯船に入ると、足元に何かを見つけた。聞けば、那智玉石が敷いてあるとのこと。ゆっくり体を預けてみると、ツボが刺激され、湯の中でマッサージを受けているよう。「静かだ」。色づいた木々だけが視界に飛び込み、自分が今どこにいるのか一瞬忘れてしまうほどの心地良さを感じる。体から日々の疲れが抜けていくのが分かった。

 部屋は11室でさまざまな和室がある。全ての部屋からカエデやマツなどのある手入れされた和風庭園が見える。庭園は散策しながら四季折々の自然が楽しめ、今の時期は紅葉が見事。町を見下ろす高台にあるため、桜のシーズンは川沿いの桜の風景が楽しめる。料理は地元の石川牛を使ったすき焼きが人気だという。客層は首都圏から訪れる60~70代くらいの夫婦が多く、都会の喧騒(けんそう)を離れ、ゆったりと安らぎ「非日常感」を味わう。

 田中さんは別の旅館で勉強し昨年4月、地元に戻り旅館を継いだ。今は県外の修業先で知り合った妻の香緒里さん(25)と共に二人三脚で旅館を切り盛りしている。「まだまだ手探りの状態ですが、いろいろと考えながら新しい試みをしていきたい」と話す田中さん。慌ただしい日々の中、旅館に新たな風を吹かそうと構想を練る。

 帰りがけ、ロビーにある囲炉裏風火鉢テーブルに気付いた。老夫婦が営んでいた時代から時がたち人は移り変わっても、訪問者を癒やす「おもてなしの心」は受け継がれている。芯まで温まった体でそんな思いに駆られた。

 【メモ】片倉温泉 薬王館=石川町立ケ岡178。入浴のみの立ち寄り湯は800円。

石川町・片倉温泉

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 【「河野広中執務の場」復元】東日本の自由民権運動の発祥の地の一つとされる石川町に8月、自由民権史跡「鈴木家主屋(通称・重謙屋敷)」が復元された。明治の自由民権運動家の屋敷。「石川区会所」として使用され、初代区長で運動を先導した河野広中が執務に当たった場所でもある。座敷や土間などが復元されている。来年1月7日まで企画展が開かれ、大庄屋・松浦孝右衛門が戊辰戦争のあった1868(慶応4)年に記した「慶應四戊辰日記」を初公開している。火曜休館。

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〔写真〕主屋が復元された鈴木重謙屋敷