再び「夜の森に根張る」 桜並木沿い帰還企業第1号、復興へ思い

 
新社屋の前で、生まれ育った富岡町夜の森での事業開始への思いを語る井出さん

 「もう一度、古里夜の森に根を張る」―。富岡町出身の井出法泰(のりやす)さん(52)は2日から、生まれ育った同町夜の森で、送迎バスの運行や中古車のリース事業などを始める。今年4月に避難指示が解除されたエリアのうち、夜の森の桜並木沿いに立地した企業の帰還第1号だ。井出さんは抱き続けた望郷の思いを実現させ、一歩を踏み出そうとしている。

 新社屋は青いコンテナハウスのような目を引くデザインだ。いわき市に避難して移転するまで、営んでいた自動車整備工場の跡地に建設した。原発事故前と事業内容は異なるが、創業の地での再出発となる。「夜の森で私も会社も育ててもらった。夜の森生まれ、夜の森育ちがひそかな誇り」。井出さんはそう話す。

 原発事故前まで、古里で働く日々は充実していた。両親が創業した整備工場は、顧客と従業員も増えて業績も伸び、軌道に乗っていたが、原発事故で一変した。

 「混乱の中でも当初はすぐに戻れると思っていた」。しかし、甘い見通しだった。全町避難となり井出さんも親族を頼って札幌市、次いでいわき市に避難。帰町もかなわない中で決断を迫られ、震災3カ月後の2011年6月に避難先の同市で工場を再開した。

 親族や残ってくれた従業員といわき市での生活が始まった。温かく迎えてくれた周囲の人の支えに感謝する毎日を送った。12年には送迎バス事業などを手がける新会社「ポート」を設立した。しかし「夜の森に戻る思いだけは忘れられなかった」。帰還を待ちわびた日々は実に12年に及んだ。

 毎年春になると、開花した桜で彩られる夜の森。かつてにぎわいを見せた町道の通り沿いは、建物を取り壊してできた空き地が目立つ。新社屋周辺の光景に、井出さんは「かつては通り沿いにコンビニ、うどん店、カラオケ店もあった。今の景色はやっぱり寂しいよな」との思いを募らせる。

 井出さんは古里復興のため決意を固めている。いわき市にある自動車整備工場の本社機能を富岡町内の産業団地に移転し、同じく2日から稼働する。「いわきで工場を続けられた恩を忘れず、夜の森から富岡、浜通りの復興を後押ししたい」と話す。

 福島第1原発の廃炉作業に取り組む作業員の送迎バスを運行したり、中古車をリースしたりする会社「ポート」は英語で「港」を意味する。井出さんが"人と企業の縁をつなぐ会社でありたい"と願いを託した社名だ。

 「夜の森の社屋を見て『井出にできるのなら、自分にも何かできないか』と思う人が一人でも出てくれればうれしいな」。12年前のあの日、止まった時計の針が再び動き出す。(小野原裕一)