9月30日は「広野復興創生の日」 記念式典で思い強く

広野町は30日、東京電力福島第1原発事故に伴う緊急時避難準備区域の解除から丸12年を迎えた。東日本大震災と原発事故を乗り越えた軌跡を伝えるため、同区域が解除された9月30日を「広野町復興創生の日」に制定した。同日、制定記念式典を行い、出席者約70人が復興への思いを高めた。
遠藤智町長が「町民と共に希望に満ちた未来社会の創造にまい進し、『原子力災害からの共生のまちづくり』に取り組む」と述べ、記念日制定を宣言した。復興庁の荒井崇福島復興局長らがあいさつした。
同町出身の図書館司書松本彩華さん(24)が古里復興への思いを語り、東日本国際大の福迫昌之副学長が復興創生のまちづくりについて基調講演した。町民の大和田美江子さん(75)は「丸12年の節目を期に、さらなる復興に協力していきたい」と話した。
町は2011年3月の原発事故で全町避難を決断。役場機能を小野町に移し、同4月にはいわき市に再移転した。第1原発の半径20~30キロ圏内の広野町全域が対象だった緊急時避難準備区域は同9月30日に解除され、除染やインフラ復旧、生活環境の整備を進めてきた。震災時の人口は約5500人で、現在の町内居住者は住基人口の9割に当たる約4200人に上る。このほか作業員ら1300人超が居住している。
軌跡、経験を継承
遠藤町長は福島民友新聞社の取材に応じ、本県復興の展望について「被災地が一つとなって取り組むことが重要だ」と語った。
―復興創生の日を制定した目的は。
「町の復興の軌跡を風化させず、苦難を乗り越えてきた経験を次世代に継承する日にしたい。復旧から再生、そして創生へとつなげ『原子力災害からの共生のまちづくり』や『新しい未来社会』を創造したい」
―緊急時避難準備区域の解除から12年を迎えたが。
「町民が納得して帰還する『幸せな帰町』に向け、インフラ復旧、商業施設・医療福祉施設の整備、教育環境の体制整備、生活環境を確立し、2021年に9割が帰還した。若者や子育て世代、研究者らの移住定住に重点を置き、生活が安定するよう支援していく」
―今後の取り組みは。
「福島イノーベーション・コースト構想や福島国際研究教育機構(エフレイ)の取り組みに協力することはもちろん、町と協定を結んでいる大学などとの取り組みを実現させる。復興を支える若者の人材育成にも注力する。未来を見据えたまちづくりに向け、浜通りや被災地が一つとなって力強く歩んでいきたい」
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