【映画・警察日記】本宮・昭代橋 雄大な眺め...『人の心包み込む』

 
阿武隈川に架かる昭代橋。西側に安達太良山を望むことができ、市民から親しまれている=本宮市

 少し前の刑事ドラマでの「おなじみ」といえば、取り調べ室でのカツ丼だろう。このカツ丼、一説では1955(昭和30)年に公開された森繁久弥さん主演の映画「警察日記」(日活、久松静児監督)のワンシーン、署内で貧しい住民に天丼が振る舞われる場面が原型といわれる。

 「警察日記」は、そんな「お巡りさん」の温かな人情を描いた映画だが、その中心的なロケ地が本宮市だ。

 実際に撮影されたのはどこだろう。DVDで映画を見てみるが、撮影が行われたのは65年以上前。本宮に住んで1年半の記者には、映像が見慣れた景色となかなか重ならない。

 しかし、映画のクライマックスで手掛かりを見つけた。「江戸常」と書かれた看板が一瞬、画面に映った。きっと今も本宮駅前にあるおすし屋さんだ、と思い駅前へ向かった。
 
 カッパの足跡

 現在、本宮駅前は開発事業の真っただ中にある。駅の東西を結ぶ東西自由通路や新たな駅舎が整備中で、駅前通りは電線の地中化工事が進められている。映画のモノクロの風景から、今の様子は想像がつかない。

 聞き込みを重ね行き着いたのが、駅前通りにあるホテルフォーシーズ。「撮影を見ようと人だかりがすごかった。子どもながらに撮影現場はかっこよく見えた」と、同ホテル社長の北沢忠義さん(77)が、小学生の頃に見た現場の様子を教えてくれた。

 撮影当時、フォーシーズは千鶴(ちかく)荘という旅館だった。「旅館前の駅前通りにトロッコの線路が引かれ、カメラが行き来していた。映画では料亭『掬水亭』として玄関が撮影に使われた」と北沢さん。子ども2人を捨てた母親が、料亭に預けられたわが子を見に訪れる映画一番の見どころが浮かんだ。森繁さん演じる吉井巡査が、母親に子どもたちの姿を一目見せるため、車に母親を乗せ料亭の前を行き来する。そんな人情味あふれるシーン。その撮影でトロッコが使われたのだろうと推測できた。

 さらに北沢さんは、ホテルの一室からカッパの絵が描かれたとっくりを持ってきてくれた。カッパの絵は撮影の休憩中に、森繁さんが描いてくれたもの。北沢さんは、その絵をとっくりにあしらい、宿で使っていたのだという。ただ、カッパの絵が気に入って持ち帰ってしまう客も多く、残っているのはほとんどないそうだ。

 貴重な現物を見て、本当に本宮で撮影されていたのだなと思いながら、一つの疑問が浮かんだ。どうして撮影地が本宮だったのか。映画の原作は52年に刊行された伊藤永之介の小説で、舞台は「会津磐梯山麓の田舎町」という設定。実際に猪苗代町などでも撮影が行われたようだが、主な撮影地は本宮だった。
 
 水の代わりに

 引き続き駅前周辺を散策していると「映画に登場するシーンと一緒だ」と、ある風景にピンときた。阿武隈川に架かる昭代橋から望む安達太良山だ。

 「昭代橋物語」を執筆するなど歴史に詳しい市内の高田宗彦さん(82)を訪ねた。ロケが行われたのは54年の10月。森繁さんら出演者は、昭代橋近くの開運酒造社長の高田さん宅を休憩のために利用したという。

 「撮影時(社長だった)父が水の代わりに森繁さんに酒を振る舞ったら、おかわりをして酔ってしまい撮影が中止になったようだ。また地元駐在所の人が、巡査役の森繁さんに着こなしをアドバイスしたみたいだよ」と高田さんは話す。

 そんなふうに撮影されたのが、クライマックス直前の場面だ。吉井巡査が、訳あって子どもを捨てた母親を伴い橋を渡る。その背後には、悲哀を抱えた人々を見守るように、山並みが横たわっている。

 高田さんが、こう付け加えた。「映画に登場するのは架け替えられる前の旧昭代橋で、橋からは安達太良山の山頂から裾野まで見ることができた。川と橋、山のコントラストで誰が見ても美しいと感じる、そんな思わず立ち止まってしまうような風景が、人間模様を映し出すのに合っていたのではないだろうか」

 昭代橋は85年架け替えられ、県内の橋では初めて歩道から突き出たテラスが設けられた。テラスからは今も、安達太良山が望める。高田さんの言葉通り、映画のスタッフたちも、人の心を包み込むように雄大な、この本宮の風景が、物語に必要と考えたのだろう。

【映画「警察日記」】本宮・昭代橋

 映画「警察日記」 伊藤永之介の小説「警察日記」を映画化した作品(1954年製作、55年公開)。東北地方の田舎町の警察署を舞台に、主演の森繁久弥らが演じる人情味豊かな警察官たちと、町の人々の人間模様を描いた人情喜劇。吉井巡査(森繁)が捨て子の姉妹や、その実の母のために奔走したり、若い花川巡査(三国連太郎)が身売りされかけた娘に淡い恋心を抱いたりする場面が盛り込まれている。55年に続編も製作された(敬称略)。

 「警察日記」は9月1日午前10時から、福島市のとうほう・みんなの文化センター(県文化センター)で上映される。無料。問い合わせは同センター(電)024・534・9191

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 本宮市 人口約3万人。2007(平成19)年に本宮町と白沢村が合併、県内13番目の市として誕生した。中通りのほぼ中心に位置し、「福島のへそ」として「全国へそのまち協議会」に加盟している。

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 昭代橋 1873(明治6)年に架けられた板橋で当時の名称は「下の橋」。1916(大正5)年に現名称に変わった。85(昭和60)年に架け替えられた際に地元の「昭代橋を愛する会」の運動によって、テラスが設けられた橋が実現した。警察日記の舞台になった旧昭代橋の欄干の一部は開運酒造の敷地内の一角に展示されている。