【まち食堂物語】お食事処旭亭・相馬市 困難越え、日はまた昇る

 
アサリを殻からむく征昭さん(左)とヤス子さん。松川浦のアサリはこれから実入りが良くなる。2人の笑顔は何にも代えがたい客へのもてなしだ(吉田義広撮影)

 漁師をしながら

 若い漁師夫婦が開いたささやかな食堂は、東日本大震災などの災害も乗り越えて半世紀近く港町の味を守ってきた。メニューは決して多くはないが、どれもが優しい味わいで、また食べてみたくなる。何度も訪れるなじみ客が多いのもうなずける。

 「お客さんによくしてもらってここまで続けることができた」。店主の菊地征昭さん(81)と妻ヤス子さん(79)は穏やかに語る。

 ノリやアサリの漁を営んでいた2人が小さなプレハブを買って店を開いたのは、ヤス子さんが20代後半のころだった。「何しろ若くて、お金もなかった。でも、ノリが終わって暇になる夏の間、何かできるものはないかと2人で考え、小さな店を始めることになった」と振り返る。

 当時、店には椅子もなかった。ヤス子さんが貝汁を作って出し、店頭には征昭さんが水揚げしたアサリを並べた。船から陸に上がった釣り人たちは、貝汁をすすって冷えた体を温め、ひとしきりよもやま話をすると、アサリを土産にして帰っていった。

 家の屋号「やまさん」から「ヤマサン食堂」と名乗っていたが、店が少しずつ大きくなり、軌道に乗ってきたころ、店名を旭亭に変えた。2人がノリの摘み取り作業をして眺めた松川浦の光景から着想した。早朝、船に乗っていると、海から昇る太陽は浦を少しずつ照らし出し、水面をきらきらと輝かせる。何度眺めても、息をのむほど美しい瞬間だという。「あの景色は見た人にしか分からない」と征昭さんは話す。

 看板メニューは相馬地方で親しまれている「ほっき飯」の定食。5月上旬からは松川浦で採れるアサリの実入りも良くなり、季節限定の「あさり飯定食」も出す。

 震災、大きな転機

 店にとって、大きな転機となったのは震災だった。高台にあった自宅は無事だったが、現在地よりも港に近かった店舗は津波で押し流された。「店も漁具もなくしてしまった。被災した直後は店の跡を見ることさえできなかった」とヤス子さんは回想する。さらに東京電力福島第1原発事故も追い打ちをかけた。ノリもアサリも漁の自粛を余儀なくされた。

 全てを失った2人だが、それでも諦めなかった。「自分たちにできるのは、食堂しかない」と再建を決意。自宅敷地の新店舗で、2012年3月に営業を再開した。

 操業自粛が続く中、北海道から仕入れたホタテを使った新たな料理を考案するなど、工夫を重ねた。干し貝柱のだしでうま味を加えた「ほたて飯定食」は好評を得て、地元の海産物が再び手に入るようになった今も人気メニューの一つとなっている。

 現在は長男の妻昌子さん(51)の支えを受けて店を続ける。「もうこの歳になったら、若い人に任せて裏方のようなものだよ」と2人は笑うが、困難を乗り越えた夫婦が見せる穏やかな笑顔は、この店を訪れる客にとって、何にも代えがたいもてなしとなっている。(丹治隆宏)

お店データ

旭亭震災後、菊地さん夫妻が70歳を前に、自宅敷地の高台に再建した店舗。2人が作る優しい味わいを求めて多くの人がのれんをくぐる

旭亭の地図

【住所】相馬市尾浜字牛鼻毛66

【電話】0244・38・7327

【営業時間】午前11時~午後2時

【定休日】不定休

【主なメニュー】
▽ほっき飯定食=1600円
▽ほたて飯定食=1550円(いずれも500円追加で焼きカレイ付き)
▽かに飯定食=1830円
▽かにいくら丼定食=1930円
▽焼きカレイ定食=1250円

【持ち帰り】
▽ほっき飯弁当=1250円
▽ほたて飯弁当=1200円
▽かに飯弁当=1480円
▽のり佃煮=550円

ほっき飯定食看板メニューのほっき飯定食。箸を延ばせば肉厚のホッキの食感とうま味が口の中に広がる

 作り置きはしない

 相馬市内には「ほっき飯」を提供する飲食店が多いが、どの店も秘伝のレシピで調理し、自慢の逸品に仕上げている。旭亭では身が大きく、厚いホッキをご飯と別にたれで煮込む。たれとご飯をまぜ合わせるのは注文を受けてからで、決して作り置きはしない。そうすることで、風味豊かなほっき飯をいつでも出すことができるという。征昭さんは「みんなと同じではなく、自分たちで考え抜いたものを出してきた」と胸を張る。

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 NHKラジオ第1「ふくどん!」で毎週木曜に連携企画

 まち食堂物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『ふくどん!』(休止の場合あり)のコーナー「どんどんめし」で紹介される予定です。