【まち中華物語】食堂あづま・須賀川市 自分の城をもう一度

 
東さんは「お客さんに喜んでもらえる料理を作り続けたい」と笑顔を見せる(石井裕貴撮影)

 「先生、もう一度お店を開いてみたら。やった方がいいよ」―。料理教室の生徒からかけられた言葉をきっかけに、店主の東輝明さん(73)が6席のみの店を始めた。2021年4月の開店から約2年。赤いターンテーブルで肩を並べて料理を味わうスタイルも徐々に浸透してきており、東さんは70歳過ぎてからの再挑戦に情熱を燃やしている。

 隠居はまだ早い

 胸に秘める思いは「隠居するにはまだ早い」。一念発起して自宅の倉庫を改装し、始めた店が"自分の城"だ。周辺に飲食店がない住宅街の片隅にあり、「インターネットで見つけて来る人が多い。『こんな所にお店があったんだ』と驚く人もいるよ」と東さんは笑う。土、日曜日のみの営業だが、店を知った人が市内外から訪れ、須賀川市の「隠れた名店」としてじわじわと知名度が上がっている。

 昼の営業では、自慢の「柳麺(ラーメン)」のみを提供している。鶏や豚から丁寧にうまみを抽出したしょうゆベースのスープが特徴だ。中華料理人ならではという「隠し味」を加えたスープは、豊かなこくとほのかな甘みがあり、スープを飲み干す人もいるほどだ。

 夜は予約限定で中華料理コースを用意。客の予算や要望に応じ、エビチリやチンジャオロースー、マーボー豆腐などの一品料理9品以上がテーブルに並ぶ。自家製のラー油やたれを使うなど、中華料理人歴50年以上のこだわりが細部にまで行き届いたメニューが多い。

 生徒の声に発起

 東さんは父から続く中華料理人の一家。須賀川市北町で中華料理店「満福」を30年近く営んだ中国出身の父・陳徳発さんの息子として生まれた。物心ついた時には、日中戦争で蒋介石軍の調理師として従軍したという父の店を手伝っていた。「学校の帰り道は、出前の丼を回収して歩いた。中学生の頃には一通りの作業ができるようになった」と思い出す。

 高校卒業後は台湾で2年にわたる修業を経て、結婚式場の料理人や出張料理人などを経験。04年には鏡石町に「中華食菜シェイシェイ」を開業すると、数年後に店を長男に託した。

 その後、「包丁を研ぐのも中華鍋を振るのもしんどいし、もう店は開かない。教室で経験を伝えよう」と60代で思った。現在は店舗にしている倉庫で県内の人向けに料理教室を始めると、再びの開店へと心を動かしてくれる生徒と出会った。

 6席のみの店だが開店すると「お客さんの喜ぶ顔がうれしかった」と東さん。今、料理人としての喜びをかみしめている。通常営業を週2日に絞ったのも「体力が衰えても100%のおもてなしをしたい」との思いからだ。「長年の酷使で体の節々が痛む」というが、店では笑顔を絶やさない。

 店の壁には、台湾の修業先で同僚からもらった寄せ書きの布が大切に飾られている。布の中心には、帆に風を受けて大海を進む船の絵と「一帆風順(物事が何事もなく順調に進む)」の文字が躍る。「力の続く限り、お客さんに喜んでもらえる料理を作り続けたい」。東さんは新たな「船出」に瞳を輝かせている。(秋山敬祐)

お店データ

食堂あづまの地図

【住所】須賀川市松塚字姥作31の47

【電話】090・8253・3084

【営業時間】午前11時~午後2時。中華料理コース(要予約)は午後6時から

【定休日】月~金曜日

【主なメニュー】
▽ラーメン=800円
▽ギョーザ(10個、テイクアウトのみ)=500円
▽シューマイ(8個、テイクアウトのみ)=500円
▽中華料理コース(要予約)=要相談

【店主メモ】東日本大震災で自宅は傾き、解体を余儀なくされた。その一方、店舗に改修した倉庫は「奇跡的に持ちこたえた建物」だ。店内には解体前の自宅と倉庫が並んだ写真も飾られており「この物置が店になるなんて、被災した時は自分でも考えていなかった」と話す。

柳麺鶏や豚から取ったスープが自慢の「柳麺」(手前)をはじめ、予約限定でコース料理も提供している

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 NHKラジオ第1「こでらんに5 next」で毎週木曜に連携企画

 まち中華物語は福島民友新聞社とNHK福島放送局の連携企画です。NHKラジオ第1で毎週木曜日に放送される『こでらんに5 next』(休止の場合あり)のコーナー「ふくしま見聞録」で紹介される予定です。